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路地裏の小さなバルから起こす「エリアリノベーション」 | エリア再生/亀の町 秋田県秋田市(2017年掲載事例記事)

※本記事は、弊社旧ウェブサイト(rerererenovation!)からの移行記事です。2017.9.2に制作/更新されたもので、登場する人や場所の情報は、インタビュー当時のものです。



亀の町ってどんなところ?

秋田市の繁華街・川反からほど近いところに位置する、南通亀の町。昔ながらの商店街や飲食店、住宅街が隣接するこのまちに「狸小路(たぬきこうじ)」という小さな路地があります。2013年、ここにオープンしたのが、居酒屋跡をリノベーションして、秋田県産の食材をふんだんに使った料理とおいしいワインを提供するスペインバル「カメバル」です。

このリノベーションを手掛け、「カメバル」を運営するのは株式会社See Visionsの東海林諭宣(しょうじ・あきひろ)さん。グラフィックデザインを始め、ウェブデザインや出版、リノベーションとマルチに手掛けるデザイン会社のクリエイティブディレクターです。「カメバル」オープンの翌年には、同じ狸小路にイタリア料理店「サカナ・カメバール」を、さらに2015年には同じ亀の町内にコーヒースタンド&デリ「亀の町ストア」をオープン。1年に1店舗のペースで特色ある飲食店を次々とオープンさせ、小さなエリア内に賑わいをつくり出しています。

狸小路にて。手前が「サカナ・カメバール」、奥が「カメバル」になっている(撮影:鈴木竜典(R-room))


亀の町ができるまでのストーリー

STEP 01 こんな経緯から始まった

秋田のまちに「自分たちの行きたい店」をつくる

リノベーション前の狸小路の姿。気持ちが暗くなるような小路も、リノベーションの視点では可能性の宝庫に映る。「経年変化もリノベーションなら魅力に変えることが出来る」と東海林さん
(撮影:東海林諭宣)


「南通の狸小路は繁華街からも駅からも近く、そばには良い店もたくさんある場所ですが、閉店した居酒屋やバーが目立ち、なんとなく若い人が立ち寄りにくいムードになっていました。小さな路地なので、物理的にも暗かったですしね」と東海林さん。

秋田県仙北郡美郷町出身の東海林さんは、大学進学にともない上京。飲食店の店舗開発も手掛ける企業でグラフィックデザイナーとして勤務した後、秋田市で独立します。

「僕自身、お店で外食をしたり、お酒を飲んでコミュニケーションしたりすることが大好きでした。面白い飲食店が増えるとまちが楽しくなると考えていたら、今のカメバルのシェフと知り合ったんです。それで『自分たちの欲しい店をここで始めてみよう』と思い立ちました」。

リノベーションの手法は前職ですでに学んでいたのだそう。「もともとグラフィックデザインをやっていたので、どうやって見せたら周りの方々に響くのかを考えてきました。リノベーションも基本的には同じ。お酒を飲んだり、人と話をしたりしながら、どういう人たちがどういうものを求めているのかを吸収しました」。


STEP 02 事業プランを立てる

まずは小路の2店舗をリノベーション

最初に手掛けたのは、「カメバル」(撮影:鈴木竜典(R-room))
「カメバル」「サカナ・カメバール」のリノベーションに取り掛かる。店内の壁は一部抜け落ちたり、壁で細かく仕切られていたり、すぐに使える状態ではなかった(撮影:東海林諭宣)


東海林さんは最初から1店舗ではなく、複数店舗を出そうと決めていたと言います。

「これは『エリアリノベーション』という考え方です。僕がまちづくりやリノベーションについて多くを学ばせていただいた建築家の馬場正尊さんが提唱されていることですが、まちのなかに小さなエリアを設定して、その場所の価値をぐっと上げるための取り組みのこと。自分が楽しめるイベントや自分が行きたいカフェ、自分が泊まりたいゲストハウスをまずつくる、やってみるという具体的なアクションのこと。『あの辺、なんか最近面白いよね、住みやすそうだよね』というシーンを自分たちでつくりたかったんです」。

最初の飲食店となった「カメバル」は、初期費用を抑えるため、セリフリノベーションを中心に天井や壁もむき出しの状態でも快適に過ごせるようなデザインを採用。「人と交流する楽しさを味わってほしい」という思いで広めに設置したカウンターは、シェフとの会話やたまたま隣同士になったお客さん同士の交流も生み出しました。


STEP 03 「エリアリノベーション」でまちの温度を上げる

複数店舗が賑わうことでエリアの熱量が上がる

2店舗目の「サカナ・カメバール」からは、向かいの「カメバル」の賑わいが見える
(撮影:東海林諭宣)
東海林さん。「亀の町ストア」内にて(撮影:菅原 淳)
「エリアリノベーション」という馬場さんの言葉に強く共感し、東海林さんの今の仕事のスタイルがある。『第11回リノベーションスクール@北九州』では、自らの手法をもとにユニットマスターを務めることに(写真提供:(株)北九州家守舎)


これまで若い人には小路の存在すら知られていなかったのが、「南通におしゃれなスペインバルが出来たらしい」と口コミで話題になり始めました。夜の狸小路に20〜40代を中心とした新たな客層を呼び込むことに成功したのです。この影響で、カメバルは予約がなければ入れないほどの人気店に。

「もっと気軽に立ち寄れる場所」をコンセプトに、東海林さんすぐに2店舗目の立ち上げに取り掛かります。細い路地を挟んだ向かい側のバー跡の改修を始め、2015年9月「サカナ・カメバール」をオープン。両店舗とも小路に大きく開いた窓とデッキで、別店舗ながら緩やかに繋がっているような雰囲気を演出。2店舗の間で行き来するお客さんもいるのだそう。

「これで『狸小路』という小さなエリアの熱量がぐっと上がったのを実感しました。やはりリノベーションは点ではなく、エリアでやるのが良いとこの時確信しました」と振り返ります。


STEP 04 ビルとの出会い・プレゼンテーション

賑わいの光景を一緒に描く

「カメバル」「サカナ・カメバール」と同じ南通亀の町にある築45年以上の「ヤマキウビル」。この物件との出会いが3店舗目の「亀の町ストア」オープンに繋がる(地図データ: Google、DigitalGlobe)


この2店舗を経営したおかげで出会ったのが、のちに3店舗目となる「亀の町ストア」が入る「ヤマキウビル」でした。不動産管理会社の元事務所だったという当時築45年の3階建ビルを見つけた時、「ここが使えたらもっとこのエリアが面白くなるはず」と直感した東海林さん。人のつてを辿りオーナーに会うことになりましたが、始めは話も聞いてもらえなかったそう。

というのも、立地の良さと2,200平方メートルという広い敷地はこれまでスーパーや老人福祉施設、マンションなど、ビルを取り壊して新たな建物を建てる提案が幾度となく持ち込まれ、その都度ビルオーナーはそれを断ってきた経緯があったのだそうです。

それを取り持ってくれたのが、オーナーの息子であり、「ヤマキウビル」を所有する不動産管理会社ヤマキウの常務である小玉康明さんでした。「私たち家族はこのビルが人で賑わっていた頃のことを良く覚えていましたから、再びこのビルが人で賑わう光景を見てみたかったんです。この土地を守り継ぐということが秋田で暮らす意味だと思っていたので、古いビルを活用するという東海林さんのアイデアは嬉しかった」と小玉さん。小玉さんに後押しされて、東海林さんはオーナーに3度目のプレゼテーションを行いました。

「リノベーションにはトイレ、空調などの設備工事、電気工事、テナント導入のための間仕切りなど、およそ3,000万円が掛かる試算でしたが、僕らのような30代の経営者の企業年数ではそれだけの金額を借り入れることは難しい。一方、補助金を使うと用途が限られたりして本当に自分たちが欲しいと思う場所づくりが出来ない。だからオーナーにリノベーションの費用も出していただけないかという交渉が必要でした」。

1階にコーヒースタンドとデリ、2階に貸しオフィス、3階には自社オフィスが入る複合ビルとしてリノベーションし、入居者が家賃を納める形で初期投資を回収していくこと、利回りは10%以上になることなどを合わせてプレゼンし、オーナーの承諾を得ました。

半年間の工事を経て、2015年9月に2階と3階のオフィスが入居。続く10月には「亀の町ストア」がオープン。最初の店舗「カメバル」のオープンからちょうど3年後のことでした。


STEP 05 点をつなげてエリアの価値を高める

場に集まる人たちとさらにまちを面白くする

「亀の町ストア」外観。昔の面影を残しつつ、気軽に立ち寄れるオープンな空間に。右はテナントとして入ったクラフトビールの店「BEER FLIGHT」。2階は貸しオフィスになっている(撮影:鈴木竜典(R-room))
テイクアウトも気軽に楽しめるようにというアイデアから、通りに面したウッドデッキにはベンチとテイクアウトカウンターが設けられている。ガラスブロックはもともとの建物のものを生かしている(撮影:石倉 葵)
「亀の町ストア」の昼の様子。コーヒーのほか、焼きたてのパンやデリ、秋田の米や野菜、生活雑貨、お酒などが購入できる(撮影:鈴木竜典(R-room))


こうして2015年10月、ヤマキウビルは「亀の町ストア」に生まれ変わりました。1階には コーヒースタンドとデリ、ベーカリーを備え、食材や雑貨を取り扱う新しい形の地域密着型商店です。これにより、昼は若者から近隣住民のおじいさんおばあさんまでが思い思いにコーヒーやデリを楽しみ、夜は人の往来と明かりが増えました。

「コーヒースタンドをつくることによって、店と店、人と人をつなぐハブのような存在になれればと思っています。そのために地域の人たちに日常的に使ってもらえる仕掛けづくりも行っています」と東海林さん。

例えば、年間を通して開催しているイベントもそのひとつ。トークゲストを中心に参加者も巻き込んだトークセッションのイベント『DISCOVER KAMENOCHO』では、これまで秋田を舞台に面白い活動をしているトークゲストを中心に、時には「オーダーメイド賃貸」のパイオニアとして知られる馬場正尊氏や青木純氏、クリエイティブ集団「graf」を率いる服部滋樹氏など県外のゲスト招いて来ました。

「その場に集まった人たちと軽く一杯やりながら、ゲストの刺激的な話を聞きつつ、参加者から自然にさまざまな話が飛び交うのが理想です。それは何かクリエイティブなアイデアになるかもしれないし、ビジネスに繋がるかもしれない。エリアリノベーションで最も大切なのは『人』。こんな小さなエリアにこんな面白いことを考えている人がいる、こういう特技を持った人がいる。そんなふうに『人』を知ること、そしてそういう『人』が同じエリアに思い入れを持って暮らしているということを、もっといろんな人と共有したかった。それを可視化することで、エリアはぐっと魅力を増すと思います」

エリアリノベーションの手法を使いながら、持続的に地域の価値を生み出す東海林さん。「僕らのどれかの店に来てリノベーションの良さを認めてくれる大家さんが増えれば、空き家や空き店舗の活用も進みます。それを期待して店を始めたところもあります。僕たちはグラフィックとウェブデザインの会社ですが、リノベーションもやるし出版もイベントもやる。それは地域を面白くデザインをする会社であり続けたいと思っているからなんです」。

自分たちのまちは、自分たちで面白くする。東海林さんの目からは、その意思が強く感じられました。



(Writer 石倉 葵)

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