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「黒川紀章への手紙」再販リノベの可能性

部屋のどこからでも海が臨める。これほど羨ましいことはない。海の青色が部屋の中にも入り込み、一日を通して、朝昼夕方と自然の光の移り変わりが楽しめそうだ。自然と海に視線が向く仕掛けが仕込まれているのがにくい。

クリエイティブな仕事をしていて、仕事と遊びの境界線がないような人にとてもお似合いな物件。「住む」だけではなく、「働く」という機能としてもこれ以上ない環境ではないか。パソコンから目線を上げればすぐ、海。集中とリラックスの両方を与えてくれる。家で集中できなくて毎日スタバに通って仕事をすることを考えれば、多少高くても十分価値を感じられるのでは。

1999年に黒川紀章が設計した「門司港レトロハイマート」という物件が舞台。絶景を臨める住戸を多く取るために、必然的に細長い間取りになり、海が見えるのがリビングだけという状態だった。そこで“関門海峡への道”というコンセプトを打ち出し、どこからでも海が見渡せるように空間をガラスで仕切り、まるで滑走路の誘導灯のような照明を仕込むことで、自然と視線が海へと導かれるような導線をつくっている。

この物件の大きな特徴は「再販リノベーション」という点。つまり、オーダーメイドではないので、住まい手が見えない。設計者は対顧客ではなく、対不動産会社に設計をする。いくらアツイ情熱を持って空間を提案しても、冷たいソロバンをはじく不動産会社に予算を下げられるのはよくある話。結果、再販リノベーションは画一的な内装になりがち。ただ、これは違う。

この事例が他と違う点は強固なコンセプトとストーリー性があること。歴史を紐解き、周辺を街を知り、当時の設計プロセスを紐解いた上で、答えを出している。巨匠黒川紀章が残した課題を、気鋭の若手建築家が応えたかたち。だから「黒川紀章への手紙」というタイトル、逸脱。

オーダーメイドと再販リノベーションの空間の仕上がりには大きな開きがあるような印象だったが、この事例を見て、急激に縮まってきたと感じる。むしろ顧客の要望を聴きすぎて、コンセプト不在のオーダーメイド型リノベーションよりもむしろ優れているのではとさえ思う。

この物件を手がけたのは北九州市を拠点とするタムタムデザイン
設計の核になる考え方には「成長する建築・空間」というものがある。
お引渡しをした後に、空間の力でどれだけお施主様やオーナーさんを発展させられるか。僕がこの事例をみて、直感的に住むだけじゃなくて仕事するにも良さそうと思ったのは、設計者の意図が伝わったからかもしれない。

この事例は、2018年のリノベーションオブ・ザ・イヤーの総合グランプリに輝いた。東京ではなく、「地方」の北九州市で、予算がたっぷりあるオーダーメイド型ではなく、予算が限られた「再販リノベーション」という事実。凝り固まった住まいの常識を疑って、新しい価値に気づきたい方は是非こちらの事例をご覧あれ。


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