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リノベ向き物件はどこに消えた

「ネットで物件探してみて、良いの見つかりました?」

「リフォーム済みばかりなのよ。全然見つかんなくて。不動産会社行ったんだけど紹介されるのもリフォーム済みばかりでね」

100組ほどの方とこのやりとりをしたかもしれません。それだけ一般の方がリノベーション向き物件を探すのに苦労しているということでしょう。リノベーション前提であれば、綺麗にリフォームしてあって高い物件よりも、内装はボロボロで安い物件の方が良いはず。だけど、多くの人が感じているようになかなか見つかりません。

この疑問を語る上では、不動産業界の仕組み、利益構造、売りたい人、不動産売買に関わる人たちの性格や感情を観察してみるとなんとなくわかってくるような気がします。

不動産売買に関わる4人に登場してもらい、それぞれの立場での思惑、行動を見ていきましょう。

【登場人物】
リノベしたい人:僕
物件の売主さん:与沢鶏冠(ヨザワトサカ)
不動産営業マン:北川影子(キタガワエイコ)
買取再販業者:横澤友作(ヨコザワユウサク)

中古を買ってリノベしたい僕

僕は今年で31歳だ。カート・コバーンもバスキアも2PACも僕の歳になる前に伝説となり、この世を去っている。僕は伝説どころか会社ですら頭角をあらわせず、日々もがいている。

29歳で結婚して、今は1LDKに賃貸暮らし。妻の妊娠を機に、住宅購入について真剣に考えはじめた。新築の戸建に憧れはあるけれど、予算的にどう考えても無理だ。新築マンションは高い割にはなんだか自分がそこに住んでるイメージがわかない。それなら中古か。そういえば、会社の先輩が中古を買ってリノベーションをしたって言ってたな。自分好みの空間が作れて、新築より安いなら自分にはぴったりかもしれない。どうせリノベーションするなら、リフォームしてない物件を探せばいいのか。僕はiphoneであいみょんのマリーゴールドを聴きながら、不動産ポータルサイトを開いた。

「あれ、リフォーム済みばっかりだな」
「リノベ向きの物件はどうやって探したら良いんだろう」

不動産を売りたい人

与沢鶏冠(ヨザワトサカ)は暇を持て余していた。何もかも秒速で終わってしまうからしょうがない。そうだ、あの物件を売りに出そう。閃いた。思いついてから行動までももちろん秒速だ。

一括査定サイトに物件情報を入力すると、秒速で、大手不動産会社から連絡があった。キタガワと名乗る女性営業マンからだ。アポイントを約束し、その日のうちに会うことになった。話が早い。

ただ一つ気になることがあった。内装がかなり傷んでいるのだ。つい最近までその部屋で筋トレをしまくっていたせいだ。わざわざリフォームして売らないといけないのはめんどくさい。秒速で売りたいのだ。

効率よく仲介をしたい人

北川影子(キタガワエイコ)は目的がいつでも明確である。口癖は「家を売るためです」だ。パンツスーツを着こなし、ヒールということを忘れてしまうくらい歩くスピードが速い。与沢という客からの問い合わせに即反応し、当日のアポを取り付けた。早速過去の成約データなどを見ながら査定書の作成に取り掛かった。

よく勘違いされがちだが、一般的に大手不動産会社の仕事は「買取」ではなく、「仲介」がメインだ。売りたい人から不動産を預かって、買いたい人とマッチングさせる。売買が成立したときに仲介手数料として収益が発生する。仲介手数料は物件価格の3%+6万円+消費税と相場が決まっている。不動産業界は手数料ビジネスであることを理解しなくてはいけない。2000万円の物件なら、約70万円だ。4000万円なら約140万円だ。物件の価格が高ければ高いほど儲かる仕組みになっている。更に、不動産営業マンは成果報酬であることが多い。基本給に成約した仲介手数料の何パーセントかが上乗せされ給与が決まる。

午後19時。北川はその日のうちに売主の与沢とを取り付けた。リフォーム前ということもあり、価格は相場より若干低めの2100万円からの売出しということで合意した。与沢はリフォーム前でも売れるのか心配していたが、北川は「私に売れない家はありません!」と食い気味に言い切った。なぜそんなに自信があるかというと、彼女には既に買い手の顔が浮かんでいたからである。

不動産の仕入れが肝になる人

横澤友作(ヨコザワユウサク)は、100円のコーラを1000円にできるタイプの人間だ。転売が見込める不動産を仕入れ、リノベーションして再販売する、いわゆる買取再販というものを生業にしている。カップラーメンから現代アートまで造詣が深く、特に不動産の審美眼は彼の右に出るものはいない。ただ、原価は100円のコーラだということを言ってしまうので、ときに炎上を巻き起こす。悪気はない。彼が代表を務めるNONOという会社は今最も勢いがある買取再販業者だ。

北川から電話がかかってきて、横澤は二つ返事でを出した。即現金で入金可能なことを条件に、2000万円で指値を入れた。北川はすぐに与沢に連絡。与沢は快諾。「秒速で不動産売れた」とツイートした。

買取再販業者にとって、大手不動産会社とのパイプはなにより大事だ。物件がないと始まらない。買いたいから買うのではなく、買わなければいけないのだ。大手不動産会社からの引き合いを断ってしまうと、話が来なくなってしまう可能性もある。少々高くても無理して買わないといけないこともある。更に買取再販業者は年々増えていて、仕入れ競争は激化。仕入れは横澤にとって生命線だ。北川には頭があがらない。これからもリフォーム前の物件情報をもらえる関係性を作っておかないといけない。

リノベ済みを売りたい人

北川の携帯が鳴った。横澤からだ。リノベーション完成の見込みがたったので、媒介契約を結んで売却活動をして欲しいとのことだ。売出し価格は3080万円を希望。いい線だ。このエリアで新築を買うと4000万円はくだらない。早速横澤と専任媒介契約をとりつけた。これを専任返しという。

北川の思い浮かべたシナリオ通りになりつつある。顧客の問い合わせリストを見ながら、このリノベ済み物件を誰に売ろうかを考えていると、ふと思い出す。そういえば、あの30代の夫婦にぴったりだ。

白を基調としたシンプルな空間、子供が2人になってもいいように2LDKの一室は将来仕切れるようになっている。床材はオークの無垢材をつかい、遮音性の高い工法で作ってあるから、子供が走り回っても大丈夫だ。

正式に契約が決まった。売主は横澤の会社NONOだ。買主は北川が自分で見つけてきた客である。仲介手数料は売主と買主の両方からとれる。これを両手仲介という。

北川はひとつの物件で仲介手数料を通常の4倍とったのである。

もしもあなたが〇〇なら...

もしあなたが不動産営業マンの北川なら、与沢から物件を預かった際、どうするか。リフォーム前の物件をわざわざ広告費をかけて、一般のユーザーに宣伝するだろうか。もしくは横澤のような会社に声をかけることを選ぶだろうか。

もしもあなたが売り主の与沢なら、ローンが通るかもわからない一般人か、現金ですぐ買ってくれる不動産業者とどちらに売りたいだろうか。

リフォーム前の物件は吸い寄せられるように、然るべき場所に吸い寄せられ、リノベーションされて世にでてきた。一般人がリフォーム前の物件をつかむにはいったいどうしたら良いのだろうか。

半年後、この部屋では生まれたばかりの赤ちゃんの泣き声とマリーゴールドが響きわたっていた。






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