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女湯に入っていく少年を見た

 先日恋人とスーパー銭湯に行った。施設の中には座敷の食事処もあって、俺たちは湯に入る前に夕飯を食うことにした。

 平日の夕方だったから、混雑はしていなかったが徐々に客の増える時間帯だった。一つ空けた隣の卓には三人の子供連れの母親が座っていた。
 父親はおらず、母親は疲れている様子だった。一番上の男の子は小学校3年生くらいで、その下の弟と妹は共に幼稚園の年長くらいに見えた。
 母と子供3人でカレーライスとラーメンを注文していて、子供らは、微笑ましいほど一生懸命に食べていた。
 しかし、しばらくすると、食べすぎたせいか弟が吐き出してしまった。
 母親はヒステリック気味になって
「なんで吐くの!」
 と子を叱った。
 そしてそのまま体育座りになって
「なんでこんな風になるの………!!」
 と独り言を呟き始めた。
 俺は横目でことの成り行きを観察した。
 長男が立ち上がって店員を呼んできた。気の毒な店員は吐瀉物を掃除し始めたが、母親は意に介さず愚痴を続けていた。
 店員が去ると
「僕はおかわりいらないから、大丈夫だよ」
 と長男が母親へ言った。それは彼なりの母親への気休めだったのかもしれない。しかし却って母親の逆鱗に触れたようで
「レストランなんだからおかわりなんてあるわけないでしょ! わけわかんないこと言わないで!」
 と怒鳴られてしまった。
 やがて皆んなが食べ終わり、母親は小さい方の二人の手を引いて女湯に向かった。長男は家族分の盆をカウンターに戻してから、母親を追いかけてやはり女湯の暖簾をくぐっていった。

 その後恋人が、女湯の中でも少年が気の毒だったと教えてくれた。
 やはりもう羞恥心のある年頃で、しかも母親は下の子の面倒で忙しく、一人で気まずそうに湯に浸かっていたという。恋人はあまりに可哀想で「露天風呂もあるよ」とつい声をかけてしまったそうだが、無視されたそうだ。仕方のないことだろう。
 場合によっては、事情を知らず(もちろん俺たちも殆ど何も知らないのだが)に居合わせた女の利用客から文句を言われたり、非難がましい目で見られたりしているかもしれなかった。
 そしたら、少年の心はどれほど傷つくのだろうか。その日の出来事。せっかく家族で外食をして、一生懸命食べてしまうくらい美味しかったカレーやラーメンの思い出も、全て。

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