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山根視来に訪れた転機。キーワードは東日本大震災、風間八宏、そして高木豊。

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ちょうど1週間前の1月20日、学校史上初の”Jリーグ内定者記者会見”が桐蔭横浜大学で行われた。これまで同学から幾人かプロ選手が出ているのだが、このタイミングで行われたことは、湘南ベルマーレに内定した山根視来の存在が大きいのではないかと察する。

「自分のレベルは平凡だったのですが、八城監督が自分を出場させ続けてくれて、ベルマーレに入団するまでになりました」と語る山根は横浜出身だ。

水沼宏太や高木3兄弟の出身クラブであるあざみ野FCでサッカーを始め、ヴェルディジュニアへと進むも、ユースへの昇格は叶わなかった。


茨城のウィザス高校に進んだが、目立った結果は残せずに桐蔭横浜大学へ。しかし、ここで1年生から出場機会を得たことでめきめきと力を付け、湘南ベルマーレへの入団を勝ち取った。ちなみに、彼は同学史上初のJ1クラブ内定選手である。歴史的な出来事であったため、今回のような内定者会見が行われたのだろう。


「勉強もサッカーもダメだった」と本人が語る中学時代、進路を探っていた中で彼に声をかけたのがウィザス高校だった。

実は彼は湘南Yのセレクションも受けており、落選している。"選手権に出たい"という強い思いを持って彼の高校サッカー人生は始まった訳だが、2年時に転機が訪れた。

それが、東日本大震災だ。

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