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目的と手段を間違え続ける人たちへ 〜スポーツと、世界と、幸福と、寛大さと〜

連日投稿しているレオナゼミの運営メンバーの思いを綴るnote連載企画。

第7回の今回も、訳あって匿名の方となります。ご了承ください。

運営メンバーを決める際、どうしても彼を迎え入れたかった理由があります。それは、数多あるスポーツ産業における役割や事業の中でも、とてもスケールが大きくかつ日本のスポーツ文化醸成において重要な位置を取るプロジェクトに参画している人間だからです。

彼は、大学時代に学んだコミュニティデザインの知識と経験を活かし、“スポーツ×まちづくり”というジャンルで多方面に活躍する、業界でも稀有な存在です。

様々な場所で開催されているスポーツ系のイベントで、彼のような動きをしている人間はなかなか出ていないのではないでしょうか。

そういう意味で、彼と接点が持てる本ゼミは「スポーツを通じた街づくり」「スタジアムビジネス」「行政×スポーツ」という分野に興味を持つ人にとってはとても魅力的であると、自信を持って言えます。

新卒でリクルートへ入り優秀な業績を残した後にスポーツの世界に飛び込んだ経験を持つ中、ロジカルに考える力はメンバー随一。

彼の元で学べば間違いなくいちビジネスパーソンとしての成長が見込めます。

ぜひ、彼の脳内をお楽しみください。

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ご覧いただきましてありがとうございます。
レオナゼミが始まるということで、今回の取り組みをはじめるにあたり、賛同/支援できればという思いから、この度、記事を執筆させていただくこととなりました。

この文脈で既に書かれている数人の強力すぎる仲間たちの記事によって、
「こいつらまじレベル高いな」
「ってか厳しいわ、うざい」
「何様なんだ」
と大変ありがたいお言葉をいただくことは重々承知していますが、温かい目で見守っていただけたら、幸いです。

また「過去に苦境を乗り越えた経験を持つ人は、似たような苦境にある克服できない人に対して特に厳しい見方をする」というのが原理原則だと言われています。
私は「同じ境遇に立たされたことがある同志」としてなんとかお役立ちできれば、という思いから執筆していますので、ぜひご理解いただけましたら幸いです。

では、早速、肝心の中身に入っていきますね。

教育を受けて目指す「スポーツのしごと」

スポーツに関わる教育を受けた人が増えています。
論より証拠。

まずは大学カテゴリーから見てみましょう。

10年前に筆者が大学受験をした時は、同志社、立教、法政などの有名私大でスポーツ関連学科が新設され、その後も引き続き学科やコースの新設は増加傾向にあります。
また日本スポーツマネジメント学会第10回大会の報告にて、スポーツマネジメント関連の学科やコースを設置している学校数として以下が報告されています。

・スポーツマネジメント関連の学科やコースを設置している学校数
・2008年度:41校 2017年度:84校

この数字から年々多くのスポーツマネジメントに関する教育を受けた人材を多く世間に送り出されている様子が伺えます。

さて次に視点を移し、高校カテゴリーに着目しても、以下のような状況です。(筆者調べ)。

・スポーツに関連する学科やコースを設置されている学校数は390以上
・上記の学校でスポーツに関連する教育を受けている人数規模は5万人以上

このような教育状況の変化やメガスポーツイベント実施やスポーツ庁設立に伴う政策整理などの外的要因を踏まえると「スポーツの仕事を志す人は増えている」という仮説を立てることは、自然な考え方だと思います。
このような恵まれた状況になりつつあるのは、スポーツの仕事に携わる、あるいは本業やライフワークからスポーツに携わって支えてきてくださった諸先輩方の積み重ねによる確かな進歩の結果だと思います。

私自身、今の仕事は諸先輩方がいなければ、存在していなかった職務に取り組ませていただいています。日々大変ありがたい環境に身を置かせていただいていると実感する毎日です。ありがとうございます。

ですが、進歩してきたことによって、当然新しい課題が生まれています。

そして新しい課題の一つとして「目的と手段を間違え続ける人たちが大量生産されているという課題があげられます。

中の人から見える「目的と手段を間違え続ける人たち」

「目的と手段を間違え続ける人たち」について、本記事では「スポーツを主目的として、キャリアプランを計画し、また職業面における個人の意識・行動に据えて意思決定を行う人たち」と定義します。
私自身もスポーツ系の教育を受けていた大学生でしたし、進学時は「将来的にスポーツに関われればいい」程度に思っていた人間ですので、「目的と手段を間違え続ける人たち」の気持ちがよく理解できます。

さてこの課題を読み解くのに、以下のペルソナを参考に考えます。

「21歳、男性、独身。スポーツ系学科に所属する大学生。高校までスポーツ系の部活動に所属し、いい成績を修めたこともある。どこか旧来的な体育会の価値観を持っている。学校を選んだきっかけは、スポーツが好きで、将来の仕事にしたいと思ったから。大学でスポーツの授業受けて、すごい面白いし、会社に入るときにチームに入るとかって言えたらめっちゃかっこよくね。何をしたらいいかわからないけど、とにかく行動する!目の前のイベントに出るし、いろんな人に話を聞こう!」

そしてこのペルソナは、中の人と以下のような事を指摘されると、以下のように思います。

中の人「イベントとか、話を聞くだけで大丈夫?やった気になってない?」

ペルソナ「じゃあ何すればいいんだよ。他のやり方なんて思い浮かばんし、何やればいいかようわからんわ」
ペルソナ「自分の好きなことをやる。誰に何言われても関係ない。」

そしてこのペルソナは、この指摘の後は思考停止になりがちで(ここ重要!)、とにかく行動する!ことが続いた結果、気づいたら「同じ行動を改善せずに行い続ける」ことになってしまう、負のサイクルに突入します。

...どうですか?
どこか当てはまるところありましたか?笑

さて、このペルソナはどこに問題を抱えていますか?
実はこの問題、新卒で入る大学生だけではなく、中途で入る社会人にも当てはまることが多く、そして社会人ほど問題が根深くなります。

では、目的と手段を間違え続ける人たちの問題はどこにあるのか?
それは「あなたのWillしかないこと」だと思います。

会社や社会は、あなたのWillに付き合うのか?

おそらくこの問いに対しては

「あなたのWillに付き合う前に、会社や社会のWillを叶えてね」

という要請がなされると思います。
まずは、象徴的なやりとりをご紹介させてください。

私がこの業界に入ってからというもの、多くの人から相談の機会をいただきます。
その会話は、だいたいこんな感じで蹴り出されます。
「〇〇(チーム名)に入りたい、スポーツと関わりたいのだが、どうしたらよいか?」

そして私は決まってこう質問します。

じゃあ会社に入って、誰にどんな価値を届けますか?
「...」

答えられない人がほとんどです。

なぜなら、手段であるスポーツが目的となることで、関われる時点で目的が達成されてしまうからです。するとこの時点で、私は以下のように見立ててしまうと思います。

・関われる時点でゴールになる=就業意欲しか見えないリスク
・労働意欲を的確に測れないリスク
・スポーツを手段として考えられない職務能力が満たせないリスク
・ただのスポーツ好きで、プロフェッショナルではないリスク
・組織の「顔」としてコミュニケーションしかできないリスク

つらつらと書き連ねましたが、

言うなれば「目的」と「手段」を履き違えている結果、

あなたのWILLは「組織」にとっても「社会」にとっても、満たされるものではなく、そしてリスクファクターでしかないのです。

仕事や勉強では当たり前の「どうやってやろう?」がそこにはない

Willについて別の角度から深く考えましょう。

そのためにもう一つ質問させてください。

あなたは、本業の仕事や学業と同様の思考で、スポーツを用いて「何が可能か?」を真剣に向き合い考えたことがありますか?

この質問についても、答えられない人がほとんどです。
そして答えられないということは、「お客様」の目線でしか見れていないともいえます。

本来であれば、多くの人が志望しているのは、「スタッフ」であるので、「プロ」としてどのような価値を提供するのかを語ることができなければなりません。
この粒度の質問に対して答えられないということは、あなたを採用したいと考える経営者からすれば、非常にリスキーだと感じると思います。
プロとして仕事のミッションを達成できるのかわからない、何を提供してくれるかわからない、そんな人材を採用するなんて到底できない相談ですよね。

さらに一般的な人材採用論ですが、経営者が求める人材は、現場のスタッフ目線だけではなく、経営者目線で考えてくれる、いわば仲間・パートナーと呼べる人材を求めますよね。
もしあなたが困っているときに、一緒になってこの状況を打開するために「何が可能か?」を一緒に考えられない人を仲間にしたいでしょうか?

少なくとも私は仲間に迎えるのは難しいと思います。

最後に、あなたが「あなただけのWill」の状態から脱却して、上記の「経営者目線で考えられるようになる」にはどうしたら良いでしょうか?
私なりには以下のようなポイントがあると考えます。

①相手(社会/組織)の現状や各立場での目線を深く傾聴・理解し、あるべき姿をありありと正確に伝えられるようになる
②相手に持論を展開しながら、熱意を持って説得できる
③一緒に頑張るチームメイトとしてやりたいと思わせられるかどうか

ぜひ参考に、思考を整理いただけましたら、幸いです。

「問い」なき孤独な世界の右向け右

ここまでスポーツが手段であることを論じてきましたが、次に手段の先にある「達成したいもの」について、「世界、幸福、寛大」の3つのキーワードから考えたいと思います。

考える切り口は、私が心から愛しているキングダムという漫画を題材に国内のスポーツ業界を観察したいと思います。(一時期、私が勤めていた会社では自社をキングダムに見立てるのが若手社員を中心にバズっていましたw)

ストーリーは、主人公が中華統一と平和な世を目指す大王を担いで、戦場を生き抜き武功をあげて大将軍を目指して、大王のもとで大きな役割を果たそうとするストーリーです。

ちなみに、ここまでに話してきた
・目的(大王を担いで中華統一、大王が描く平和な世を目指す)
・手段(戦場を生き抜いて武功をあげて大将軍を目指し、大きな役割を果たす)
は既に描かれています。
ここからも目的と手段の関係性が伺えますが、この漫画からは他のいろんなことが観察できます。

さらにストーリーに照らし合わせ業界の現状を見てみたいと思います。
まず「数多くの同期や先輩と伍(集団)を組み、武功挙げ、将軍まで駆け上がっていく」というストーリーなのですが、スポーツ界全体では、新卒の立場に当てはめてみると、ほぼ皆無に等しい状況です。新卒で見事に育ったという話はあまり聞いたことがないです。
また「業界をビジョナリーに圧倒的にリードしていく」政という大王もいませんし、「熱いパッションで部下を率いる本能型の武将やクレバーで戦略的に事業を成長させる知略型の大将軍までいかない武将」も業界内に群雄割拠というにはレベルには達していません。フラットにみて、前職や現職の群雄割拠感に比べるといろいろ感じる部分がございます。
そして「事業として成功させた大将軍」もまだ指を数えるほどしかいません。キングダムでの6大将軍など夢のまた夢です。

そんな中で、スポーツの文脈でも海外ではFacebookやYoutubeなどの李牧級の他国の大将軍が生まれ、MSLという今もっとも破竹の勢いで成長をしている将軍もあります。

そう、我々が働く日本のスポーツ界は未成熟なのです。

どれも健全な競争に至らない、経営判断の選択肢がない、単一単位でしか物事をはかれない。

到底、「世界、幸福、寛大」を問う余裕などない、そんな我々は、まだまだ右向け右でしか生きられない世界に生きています。

それは画一的で狭い視野しかゆるされない、日本社会を映す鏡だといえます。

日本社会の映し鏡として機能するスポーツ

日本社会の映し鏡として考える、もう一つの根拠を述べさせてください。
例えば、スポーツのビジネスサイドで、一般的なビジネス業界のトレンドにある取り組みを導入した、というニュースがあったでしょうか?
例えば、マインドフルネス、ブレインストーミング、対話、デザイン・シンキング、など、出てきたことがあるでしょうか?
...おそらくほとんど話題にあがったことがないと思います。
放映権を中心とした広告ビジネスモデルで、商いを成り立たせてきたこの業界が、なぜ広告業界の基本であるアイデア出し(多様性)がないのか。

これにはいろんな理由があると思いますが、アイデアを許容できない風土環境であった事が要因だと私は思います。つまり、野菜を育てる「土」も、のびのび育っていい「風」もなかったのだと考えています。まさに日本社会の映し鏡といえるのでないでしょうか?

アイデアの許容もできない前提では「世界、幸福、寛大」を目指すことは難しい。
でも手段であるスポーツの先に「世界、幸福、寛大」などを位置づけて取り組まなければ、手段であるスポーツは求められなくなり、腐敗していきます。

このままの状況が続けば、日本人は、スポーツとともに生まれる幸福を享受できなくなる危険性があると思います。

変えなければ、終わってしまう。
それがレオナゼミのバックボーンです。

ビンタして右向け右が当たり前だった業界が、

マインドフルネスを実践するフレッシュなビジネスマンが、対話を行い、お互いの違いや意見の多様性を認め合ったり、デザイン・シンキングを用いた問題解決を試したり、スペキュラティブな問題提起をする。

おそらく「これまでは」できなかったですよね。

でもレオナゼミでは、問題提起も、問題解決も、幅広い視点から思考し、動かすことができる。これはスポーツ業界にとって、大変画期的なことなどではないでしょうか?

目的と手段を間違え続ける人たちへ問いたい、世界と、幸福と、寛大さ

ここまで長々と論を展開してきましたが、以下について皆さんと一緒に考えたらと思っています。

スポーツとともに、よりよい社会/世界にするために何が可能だと思いますか?

スポーツとともに、最も身近な人たちを幸せにするためには何が可能だと思いますか?

スポーツとともに、すべての人が人生を楽しめる環境にするには何が可能だと思いますか?

ぜひその答えを直接聞かせていただけましたら、私にとっては大きな喜びです。

なお私自身は、企業の枠や契約の形態に囚われず3-4の組織とかかわり合いながら、仕事を進めています。

ある企業は大規模投資を伴う新規事業の立案、
ある企業は地域のスポーツクラブとしての活動、
ある企業はスポーツ組織の事業開発・組織開発・地域開発のコンサルティング事業
...etc
そういったプロセスで戦っている現場の知見を共有させていただきながら、
ぜひ人のHappinessを一緒につくっていけたらと思っています。

最後になりますが、長文をご覧いただき、誠にありがとうございました。

ぜひ一丸となって頑張りましょう。



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