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【結果】応急手当普及員制度に関する市民評価

 日本応急手当普及員協議会は,2023年6月1日〜6月30日にかけて,応急手当普及員制度に関する市民評価を実施しました.つきましては,調査結果をこちらで公開します.

本調査に関するお問い合わせ(jfaic.info@gmail.com)

はじめに

 日本国内では,総務省消防庁より応急手当普及員制度に関する記述が平成5年発行「応急手当の普及啓発活動の推進に関する実施要綱」に記載されて以降,総務省消防庁所管の公的資格として,応急手当普及員資格が認められるようになった.平成11年には一部資格改正が行われ,応急手当指導員(応急手当普及員を養成することが可能な公的資格)の活動範囲が認定消防局管内から日本全国へと拡大した.2021年度報告救急の現況(総務省消防庁救急企画室)によると,日本全国で認定しているのは応急手当普及員8,698名/応急手当指導員7,645名である.
 また,2019年度〜2021年度にかけて,新型コロナウイルス感染症拡大による行動制限が設けられたことを背景に,資格更新者数が大幅に減少し,概ね半数へと減った.応急手当普及員および応急手当指導員を除いてみても,普通救命技能認定者及び上級救命技能認定者は2018年度比で,更新者数がおよそ1/4まで減少している.これは総務省消防庁が発表した「新型コロナウイルス感染症における救命講習開催指針」による影響とみられ,講習会自体の回数が大幅に減少した.こうした背景などから,オンライン救命講習を望む声が多くあがり,政府は令和5年3月に「応急手当の普及啓発活動の推進に関する実施要綱」を6年ぶりに改正するに至った.しかしながら,救命講習における質の改善を求める声は後を絶たない.コロナ禍により,オンライン救命講習が政府の実施許可が下りたことで,消防局所管の救命講習をオンラインで実施すること,および,事前の動画視聴で講習時間が短くなる対応がなされることなどが要綱に盛り込まれた.こうした現状について,一部の有識者からは「実践的な応急手当の普及に効果がみられなくなる」との要望が相次いでいる.
 現状の応急手当普及員制度では,政府方針に基づくマニュアルの策定がなされておらず,救命講習開講におけるプロセスや使用テキスト情報などが明記されていない.これにより,前述した「オンライン救命講習」に関する情報の共有や「マニュアル」の統一がされていないことが救命講習における質の低下に繋がっているとも受け取れる.

 こうした影響や可能性などを調査するため,一般市民(年齢・性別・職業等不問)を対象とした「2022年度 応急手当普及員制度に関する市民評価」を実施した.

評価方法

1.評価対象と評価方法

 SNSを活用した評価依頼および協議会関係者を通じた評価依頼にてご協力いただいた10代〜70代までの89名にGoogleFormsを用いて評価を実施した.評価は,ダイレクトメッセージもしくは協議会関係者よりメールにて依頼文章を送り,オンラインにて複数回答を得た.89件のうち1件(70代・女性)は,メールにて依頼したのち,電話での評価回答を得た.

2.評価内容

1)応急手当普及員資格の取得状況(問1)
  資格取得状況を把握するため,取得状況を調査した.
2)救命講習受講状況(問2)
  評価者情報を整理するため,過去に消防機関主催の救命講習を受講したことがあるどうかを調査した.
3)応急手当普及員資格の認知度(問3)
  本評価は応急手当普及員資格認知度調査の一環でもあるため名称を「知っている」もしくは「知らない」から調査した.
4)応急手当普及員資格の取得方法(問4)
  応急手当普及員資格の取得方法認知度を知るため,「知っている」もしくは「知らない」から調査した.
5)応急手当普及員資格取得者のコミュニティ(問5)
  資格取得者同士のコミュニティが存在しないことから,市民はコミュニティを必要としているのか調査した.
6)応急手当普及員資格の総務省消防庁所管へ移行(問6)
  各消防局に資格の認定および運用が委ねられていることから資格認定および運用を総務省消防庁へ移行することを望んでいるかを調査した.
7)救命講習における講師の質の向上(問7)
  講師の質における問題は,非常に重要な課題として捉え,市民にとって感じる講師の質について調査した.
8)問7の回答に至った主な理由(問8/自由記述)
  講師における質の改善について,具体的な改善策を得るため調査した.

3.分析方法

 資格の取得状況(問1)から救命講習における講師の質の向上(問7)の評価項目では回答数の割合を示した.問8に関連するものを分析するため,AIテキストマイニングを使用し,最重要用語を洗い出す操作を行った.また,問8(自由記述)で得た回答を資格取得に関する問題,制度に関する問題,制度運用に関する具体例,今後の課題に分類した.分析には,Googleスプレットシート(2023)を使用した.

4.倫理的配慮

 回答は無記名とし,個人が特定されないように配慮した.対象者にダイレクトメッセージもしくはメール(電話連絡含む)にて依頼する際,研究趣旨,研究目的,匿名性の確保,研究結果を協議会内および学会等分野問わず協議会の判断で使用してもよいこと,評価への協力は自由意志に基づいて判断して頂くこと,協力が得られなかった場合でも不利益を被ることはないことを通知した上で実施した.協議会指定の個人情報保護方針に同意をしたことで,協力の同意を得たものと判断した.

結果

 評価対象依頼者132名のうち89名の回答を得た.(回収率67%/有効回答数100%).資料1-1および資料1-2は,回答者の年齢層,性別,ご職業についての回答結果を示す.

1.回答者情報分析(資料1-1/資料1-2参照)

 評価対象依頼者132名のうち89名の回答を得た.(回収率67%/有効回答数100%).資料1-1および資料1-2は.回答者の年齢層,性別,ご職業についての回答結果を示す.

2.回答者資格取得情報分析(資料2参照)

 応急手当普及員資格(指導員資格含む)取得率は低いものの,救命講習受講率は70.8%と高い結果となった.また,救命講習を受講している人の過半数は,サービス業(接客)や教育・学習支援業,医療・福祉業が占めていた.データを詳しく見ると,小・中学生3名は,義務教育課程のなかで,自らの意志で救命講習を受講していた.これらの結果から,個人の意識によって,救命技能習得に積極的な人とそうでない人がいることがわかる.

3.応急手当普及員資格認知度(資料3参照)

 応急手当普及員資格の認知度を聞く項目では,資格制度の存在を知る割合は7割弱と,評価者の過半数は知っていた.一方で,4割の人は,資格制度の存在を知らないという結果となった.評価者のうち7割が救命講習を修了者であることから,認知度が高くなったと考えられる.

4.応急手当普及員資格取得方法(資料3参照)

 応急手当普及員資格を知っている割合が7割弱と高い一方で,資格取得方法を知っている人は4割弱という結果となった.理由として,資格制度が消防を通じて全面に出ていないことや資格のステップアップに踏み切る時間がない人が多いこと挙げられる.また,各自治体消防局によって,認定の方法や資格取得の方法が異なることも要因とされている.総務省消防庁発行の「応急手当普及啓発活動の推進に関する実施要綱(1994)」には[応急手当普及員の養成は,消防本部が行うものとする]との記載があり,各自治体消防局に運用が委ねられている.

5.応急手当普及員資格取得者のコミュニティ(資料4参照)

 応急手当普及員資格取得者同士のコミュニティ不足を指摘したうえで,コミュニティの必要性を調査した.結果,コミュニティを必要とする人の割合は8割を超えており,応急手当指導の向上について(自由記述/「8.応急手当指導の向上について」参照)の自由記述では,「応急手当普及員の解釈やニュアンスの統一を図るためにコミュニティが必要である」との回答が複数あった.

6.応急手当普及員資格の総務省消防庁所管へ移行(資料4参照)

 資格取得者コミュニティ不足のほか,資格認定が各自治体消防局に委ねられている現状などから,資格を政府認定に一本化することを要望する声が日本応急手当普及員協議会から上がり,資格認定制度の見直しの必要性を調査した.調査の結果,総務省消防庁所管へ移行することについて,するべきだと答えた割合は8割弱となった.こうした結果となった背景には,前述したコミュニティが不足していることが挙げられる.全国共通レベルの指導を提供するために移行が必要であるとの声も自由記述で上がった.

7.救命講習における講師の質の向上(資料5参照)

 応急手当普及員制度を含め,救命講習全般における講師の質の向上について調査した結果,講師の質の向上を図るべきだと答えた人の割合は9.5割(96.6%)とほぼ全員の人が向上を図るべきとの回答をした.資格制度の欠陥や講師の質がバラバラであることに危機感を示す受講者も,中にはいるとのことだ.

8.問7の回答に至った主な理由(資料6参照)

 救命講習における指導方法が全国で統一されていないことなどから,AEDに触れる時間や心肺蘇生を体験する時間が著しく少ない自治体が多数存在することが報告された.また,そうした救命講習の質について,傷病者発生時の初期段階対応が生死を分ける可能性があることから,応急手当普及員養成を充実化させ,救命講習における質を抜本的に改善させるべきとの提案もみられた.こうした第三者視点の声を政府や行政が真摯に受け止め,より効果的な救命講習を行うことができる環境及びシステムを構築することが求められる.

考察

◇ 普及員・指導員資格運用の現況

 令和4年度版「救急・救助の現況」(総務省消防庁)によると,令和3年度中の応急手当普及員養成講習は845回開催され,修了者は8,698名であった.また,地域住民等に対する応急手当普及啓発活動については,全国で普通救命講習は3万2,830回開催され,42万8,912名が受講し,上級救命講習は3,675回開催され,4万8,912名が受講した.いずれにおいても,消防機関による主導のもと,消防職員や消防団員をはじめとする消防関係者(東京消防庁の場合は東京防災救急協会職員)の応急手当普及員/応急手当指導員資格保持者が講習に従事することが大半であり,そのなかでも経験豊富な消防職員や消防退職者が指導にあたることが常態化している.普及員及び指導員の高齢化は顕著であり,地域差はみられなくなった.これらの背景には,応急手当関連資格制度の欠陥が大きく関係していると考えられる.
 東京消防庁では,一般財団法人東京防災救急協会に救命講習の業務委託をしており,協会員の過半数が消防退職者である状況等から,救命講習における講師の高齢化は増加に転じている.

◇ 学校における救命講習の現況

 学校単位で救命講習を実施することを消防本部へ要望された場合,基本的に断ることなく,講師人員がギリギリな状況で実施しているのが現状である.また,学校教員を対象とした救命講習の実施は,地域問わず実施されている一方で,児童・生徒を対象とした「救命入門コース(1.5H)」「普通救命講習(3H)」「上級救命講習(8H)」の受講率は非常に低いことが公益財団法人日本学校保健会学校における心肺蘇生(AED)支援委員会発行“学校における心肺蘇生とAEDに関する調査報告書”で分かっている.
 学校内心停止が年間50件近く発生していることを踏まえると心肺蘇生教育を学校内で拡充する必要があると考えられるが,本調査結果では,そもそも応急手当普及員の質を向上することが優先であることがはっきりとしており,学校における救命講習の拡充は時間を要する課題である.

◇普及員・指導員資格認知度の現況

 応急手当普及員及び応急手当指導員資格の認知度については,回答者の3割が認知していることがわかった.しかしながら,回答者のうち“知っている”と答えた割合は「救命講習を受講したことがある人」が9割を占めており,救命講習を受講したことのない人の回答は1割を下回った.よって,一般的に資格が認知されているとはいえず,資格の取得方法についても同様の結果となったことから,資格認知度は課題である.

◇資格認定制度の現況

 総務省消防庁が各消防局(東京都の場合は東京消防庁)へ認定を委嘱している「普通救命技能認定」「上級救命技能認定」「応急手当普及員」「応急手当指導員」は,受講に係る費用負担や講師の運用状況,さらには実施回数に至るまで,地域に差が生じていることが分かっている.
 また,応急手当普及員の認定に関しては,認定を受けた市区町村以外で講習を実施する場合,一部地域で再度「応急手当普及員講習」を受講する必要があるなど,手間が生じる地域があることも分かった.一方,資格認定を各消防局に委ねることで,講師の質を向上させることに貢献しているとの見解もあり,一概に総務省消防庁認定へ移行する必要があるとの評価は得られなかった.  なお,資格制度に関する質問で「総務省消防庁認定資格に移管するべき」と答えた割合は78%を超え,各消防局の運用状況や資格制度の混在などを統一する必要があるとの声も目立った.

◇普及員・指導員による講習の効果

 応急手当普及員及び応急手当指導員が実施する「普通救命講習」「上級救命講習」の効果について,自由記述では【ある】とした見解が多く目立ったが,一部からは普及員・指導員の知識量や講習方法に違いがあることから効果があるとは答えにくいといった回答もあり,一概に効果があるとは言い切れない結果となった.総務省消防庁も講習における効果を向上することを目指して毎年度,各消防局へ通知を出しているが,通知がうまく共有されずに講習の質が向上しないほか,応急手当普及員及び応急手当指導員の認定方法に差が生じているままである.
 これらは,早急に改善しなければならない課題でもあり,本調査を経て,資格運用方法及び講習実施形態さらには方法のマニュアル策定を提言することも必要だと考える.

◇職場救命講習の現況とその効果

 職場で救命講習を実施しているとの声が多く上がった.その中で,総務部が防災訓練の一環で救命講習を実施する例が多くあることも分かり,消防局との連携も取れている職場担当者による回答も目立った.一方で,救命講習を必要としない職場もあるという声もあり,必ずしも救命講習を実施する必要があるかとの筆問には【ない】と答える割合が高くなる結果となった.
 職場救命講習のほか,応急手当普及員及び応急手当指導員を配置している職場が接客業では目立った.人と接する職場では,応急手当指導を積極的に実施しているとのことで,逆に接客をしない事務作業がメインの職場では,救命講習は未実施のほか,応急手当普及員及び応急手当指導員を設置していない職場が目立つ.

◇本調査結果から次の世代へ

 本調査を経て,応急手当普及員及び応急手当指導員の質を向上するべきとの声が多かったことなどから,資格運用と資格取得者に対する期待は多くあることが分かった.よって,講師の質の向上はもちろんのこと,日頃から心肺蘇生を担う医療従事者や子供達と多くの時間を共にする学校教員に対する心肺蘇生教育を拡充すること,さらには,応急手当指導を継続して実施することが可能な学校教育に心肺蘇生教育を盛り込むことについても,重要な課題であることが分かった.  本調査は,10代から70代までの89名の方に調査協力頂き,応急手当に関する知識の有無に問わず,資格取得状況及び応急手当普及員・応急手当指導員資格認知度等について調査したものである.当初,想定していた結果よりも多くの評価が集まり,特に資料6の自由記述では,資格に対する多くの見解が集まった.
 本調査結果は,他の団体や自治体が実施した全例のないものであり,調査内容についても,過去のデータからは得ることのできないものが多く含まれている貴重なものとなった.応急手当普及員資格の資格制度については,多くの方から「総務省消防庁へ資格運用機関を移行するべき」との見解が集まったことなどから,応急手当普及員及び応急手当指導員の質を向上する必要があるとの回答に差は生じることなく,有効な回答が多く届いた.
 応急手当普及員制度を活用した救命講習のほか,独自で救命講習を実施する団体や講演会など,広い分野で資格を活用している人が増えてきた昨今,応急手当普及員を日本特有のボランティアで活動させるのではなく,諸外国のような職業という立ち位置で活動できるようになれば,資格をより有効に使った講習会の展開や救命技能認定者による実動現場による応急処置を見込むことができる.
 これらの結果から,応急手当普及員の質を向上するには,官民連携が必要であり,消防救命講習のほか,日赤救命講習の運用状況なども踏まえた,資格制度の統一化を図っていくべきである.

調査の限界

 本研究は,不特定多数のSNS利用者に評価依頼を行い実施したことなどから,普通救命講習/上級救命講習の未受講者3割弱の人にも評価に協力して頂いた.そのため,応急手当普及員資格制度について,多面的に評価することができない人も評価人に含まれており,応急手当普及員制度に関する市民評価結果を総合的に結論づけることは難しい.これらの状況を踏まえ,今後も応急手当普及員制度について調査研究を深めて考察していく必要がある.2つ目の限界は,自由記述について質的分析を行っていない点である.記述された意見をより詳細に分析していく必要がある.3つ目の限界は,資格制度問題点について精査することができたが,その解決法についての提案である.資格制度の運用状況について,総務省消防庁が把握していない点が複数あり,また,政府間連携(総務省消防庁/厚生労働省/文部科学省)がなされていないことから,解決法の提案には至らなかった.

謝辞

 本研究にご協力を頂きました89名の評価者の皆様に心より感謝申し上げます.なお,本研究は日本応急手当普及員協議会情報局及び事業局応急手当普及推進事業部の連携によって実施されました.大学等研究登録機関ではないため,各種研究費助成は受けておらず,自費研究となります.

参考文献

1)日本循環器学会AED検討委員会.“自動体外式除細動器(AED)普及への提言”日本循環器学会誌. 心臓 Vol.35 No.4(2003)
2)三田村秀雄:我々は本当に突然死を減らしているか(Editorial). 心電図 2002 ; 22 :1 - 2
3)公益財団法人日本学校保健会学校における心肺蘇生(AED)支援委員会.“学校における心肺蘇生とAEDに関する調査報告書”日本学校保健会誌.(2018)
4)総務省消防庁救急企画室.“応急手当の普及啓発活動の推進に関する実施要綱”総務省消防庁.(1994 - 2022(改正))
5)Brown University. INTERNATIONAL JOURNAL OF FIRST AID EDUCATION.“Theoretical Organization of Motivations to Attend First Aid Education: Scoping ”Vol. 3 Issue 1 .
6)社会システム部会研究会.“AED使用率向上のための社会シュミレーション分析による直線距離と道路距離の比較”第27回社会システム部会研究会.(2022)
7)社会システム部会研究会.“自動体外式除細動器(AED)の利用可能時間に関する分析”第24回社会システム部会研究会.(2021)
8)神奈川県横浜市.“横浜市救急条例”横浜市.(2007)
9)横浜国立大学国際社会研究院他.“横浜市におけるAED普及の取り組み”横浜国立大学.(2020)
10)消防庁次長.“応急手当普及啓発活動の推進に関する実施要綱の制定及び救急業務実施基準の一部改正について(通知)”総務省消防庁.(1994)
11)総務省消防庁救急企画室.“救急業務の現状と課題”総務省消防庁.(2023)
12)消防庁.“令和4年度版 救急・救助の現況”総務省消防庁.(2023)
13)三田村秀雄:突然死救命への新しいアプローチ:素人による除細動. 不整脈 2001 ; 17 :542 - 550

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