第一回 高崎の老舗スーパーTOMYの終焉

高崎駅を東口に降りてしばらく歩いていくと、既に場外馬券場となっていた高崎競馬場裏の道路沿いに老舗スーパーTOMYがあった。
恐らく地元民以外には知られていない、静かでひっそりとした場所に佇んでいたこのローカルスーパーは都内の百貨店すら及ばない驚異の流通力を誇っていた事を誰か覚えているだろう?

TOMYが出来たのは1967年。まだ駅の整備も奮わず、百貨店や大きなビルも何もない、路面電車の跡が残る昭和初期の時代に生まれた。
競馬場の前とはいえ裏側。駅からも15分以上歩かされるので、交通の便が良いとも言えない。
そんな不便を補うのが、長年青果店として培ってきた信頼関係と常連顧客の笑顔。都市開発が進んで行く事にも助けられ、TOMYは地域密着型のスーパーとして売り上げを伸ばしていった。

しかし西口に大型デパートが続々誘致され、高島屋。ダイエー。藤五伊勢丹。高崎駅の駅ビル化。と進んで行くと、それまで電車で通ってくれていた常連達の足も遠退いていく。
フートラッセと名付けられたパン屋の併設、惣菜コーナーの充実や限定商品を確保しても大企業の戦力には叶わない。

そこでTOMYが考え出したのが、大手百貨店すら及ばない生産者との信頼関係でしか成し得ない販売戦略。
オーガニック食品が世間に広く出回るよりも先に、有機栽培の野菜や有機食品。低アレルギー製品や低添加商品。子供の発育に優しく、大人が食べても安心出来る高級食材を扱うスーパー。
無殺菌牛乳や特別栽培の果物、有精卵。キャビアにフォアグラにオードブル。高島屋や伊勢丹どころか、成城石井ですら販売する事が許されなかった商品までTOMYは生産者との厚い信頼で勝ち取り。遠く群馬の地に島根県の木次牛乳や沖縄のサトウキビアイス、会津のヨーグルトに果ては海外のオーガニック食品までを店頭に並べ尽くす。

まだAmazonや楽天も広まっていない、インターネットの普及も進んでいない時代にTOMYは地方限定の名産品達を群馬の主婦達の元へ届け、オーガニックカフェを別店舗で構えるまでになった。
アレルギーを抱える主婦の助け、高級食材や地方でしか手に入らない商品を求める人々の喜び。そして、何より地元民に愛されたスーパーとしてTOMYは昭和から平成の時代を生き延びていった。

そんなTOMYの躍進も、2000年代に入ってフジタコーポレーショングループが高崎に進出し近隣にスーパーを作って行くと衰え始めた。
3代目への世代交代が上手く進まなかった事も影響し、ついにスーパーTOMYは夜逃げ状態という最悪なカードを切って2015年11月に閉店となる。

ある日当方が訪れると、店には突然貼られた1枚の貼り紙と封鎖された駐車場。
店内は昨日までの商品やポスターも並んだまま、併設の花屋だけが何も知らずにシャッターを開けていた廃墟となった。
何の説明もなく、何の報告もなく、夜逃げそのものの結末。

◻老舗食品スーパー、49年の歴史にいきなり幕 高崎「トミー」閉店
 https://takasaki.keizai.biz/headline/2577/

新聞でも取り上げられ、店に赴けば貼り紙1枚の別れ。あまりにも悲しく、つらい選択をTOMYは行い。閉鎖された店舗は所在が定まらないまま2年近く廃墟として鎮座し、先日取り壊し工事が行われた。
TOMYの跡地をこうして振り替えってみると、目の前にはローソン。日本亭の弁当屋にピザ屋。サンドイッチ屋が並びこれまでのTOMYの苦悩を思い起こさせる。
車で少し向かえば、一番の原因となったスーパーフジマートは営業を今なお続けて更に寂しくなる。
TOMYがやって見せた大手百貨店が及ばない生産者との信頼関係。もう、失われたモノかもしれない。どこにも残っては居ないかもしれない。
ただ、このスーパーが残してくれた初めて見る食品への感動を味わえる場所がもうどこにも無い事を胸に、今日も群馬の地を旅しようと思う。

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ProjectRepadars

艦長のローカル群馬旅日記

群馬県内の昭和レトロ感を感じるグルメ旅やロスト観光地を写真等と共に不定期連載。第一部は全五話掲載。
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