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日々の記録

とても長く、静かな一日

朝目覚めて、全身が筋肉痛であることを思い出す。ゆっくりと起き上がって、痛む脚を少し撫でてから、いつものように洗面台へ向かう。うがいをして、昨日から喉が回復していないことに少し焦りを覚え、試しに声を出してみる。かすれた息の音だけが、喉の奥から聞こえた。

アカペラのバンド練習があるが、行くべきか迷う。寝ていた方がいいのでは、とも思ったけれど、体が元気であるという確信に背中を押されて顔を出すことにした。


事前に連絡はしていたが、バンドのメンバーは本当に声が出ないことに驚いた。私も、朝同じように驚いた。

ほとんど黙って練習を聞き、たまに秘密話のときのように話す。二時間の練習は、あっという間に終わる。


湘南台駅から小田急線に乗る。バンドメンバーのひとりと一緒に席に座り、彼は声で、私は息で話す。静かな車内で自分たちの会話が少し目立つような気がする。そのアンバランスさに若干の居心地の悪さを感じる。話に夢中になるうちに、段々と違和感が薄れていくが、なくなることはない。


彼が電車を下りた後、この後の乗り換えを確認しようとスマホを手に取る。一瞬、一緒にいた人が電車を降りた途端にスマホを見るのは、失礼なんじゃないかという考えが頭をよぎる。何となく、だが、よくそういうふうに思って少しだけ時間が経つのを待つ。


新宿で大江戸線に乗り換えて、二駅行った先の若松河田駅で降りる。地下鉄というのはB2とかE5みたいにいくつも出口があるイメージがあって気張っていたら、この駅にはひとつの改札から左右に分かれる二つの出口しかなかった。若松口と、河田口。名前が付いていることを新鮮に思う。そういえばこの前バンド練習で行った高田馬場駅でも、早稲田口と戸山口という様に出口に名前が付いていて、少し気になった。「東口」とかにしてくれた方が分かり易いなと思いつつも、名前が付いていることの特別感に少し心が躍る。


霧雨ともいえないほどの微妙な天気の中、病院へと向かう。

新宿と言われて思い描く街並みとはかけ離れた、静かで、ゆっくりと歩ける場所。しっとりした空気と濡れた道路の匂いを大きく、ゆっくりと吸い込む。電車で火照った体に、雨の気配のする外の空気が気持ち良い。

病院に着いて、受付の人に声が出ないことを説明してから、予防接種の場所を教えてもらう。

廊下の一番奥に向かいながら、昨年の夏にお腹を壊して行った、大きな病院を思い出す。お会計の辺りの案内表示がとても似ている。

渡航のために必要な対策を説明してくれた女性のお医者さんは、白衣の下に動きやすそうなジャージを履いて、髪を無造作にお団子にしている。慣れた様子で説明をしてくれるこのお姉さんも、よく海外に行ったりするのだろうかと想像する。


彼女はかすれた息で話す私に対して「十分聞き取れますよ」と最初に言ってくれたので、安心して話をすることができる。普段の自分と違って、沈黙を埋めるための声は発さない。彼女がパソコンに今日打つワクチンのことを書き込んでいるときは静かに待つ。

なぜか、その沈黙は少し心地良い。


一通り説明が終わると、今度は別の人に呼ばれて、ワクチンを打つ場所に案内してもらった。

受付の人からお医者さんへ、お医者さんから今案内してくれている人へ。相手が変わる度、今日私の声が出ないことは伝わっているのだろうかと不安になる。

ワクチンを打ってくれるお姉さんは、気さくな話し方で、できぱきと説明をしてくれる。

「筋肉痛のような痛みが出るかもしれません」
「実は既に筋肉痛なので、あまり分からないかもしれないです」
「そうですよね」


問診表に、「前日にスノボでさけびすぎて声が出ません」と書いた。それがこのお姉さんにもちゃんと伝わっていたのだと気付く。声が出ないこともみんな知っていたのだと思って安心する。同時に、スノボで筋肉痛になっていることを見透かされたことに少し照れて、そして、お姉さんに親近感を覚える。


お会計を済ませて、マラリア対策の薬を受け取った後、帰りの電車を調べる。
バスでどこかまで行って、新宿駅から電車に乗るルートが最初に出てきたが、なんとなく同じ道を辿って帰りたくなって、若松河田駅から帰ることにした。


外は少し暗くなって、行きより少し強めの霧雨になっている。傘を差すか迷ったが、顔に降る霧雨の感覚で昨日雨の中滑ったスノボの気持ち良さを思い出して、そのまま足早に駅へと向かう。

駅の下りの階段では、筋肉痛で全身が痛む。左右で少しだけ違うリズムになっていることに気付く。スノボで転んだ時に右の足首を軽く痛めたので、気付かぬうちに足首を固めるようにこわばらせていた。

昔から、筋肉痛になると少し嬉しい。痛みが、その原因となった出来事の楽しかった記憶や、頑張ったことへの満足感を蘇らせる。それから、筋肉が何処にどうついているかを、ありありと感じさせる。からだの形や重さや外との境界をいつもより感じられて、なんだか和む。


電車に乗り、席について、傘を膝の間にはさむ。

ふと、木でできた傘の柄の部分に傷を見つける。柄を撫でながら、傷の付き方を眺める。膝に挟んだまま裏返して、反対側も見る。
とても良い春休みだ、と感じる。


新宿西口駅に着く。駅は帰宅ラッシュで混んでいる。縦横無尽に流れる人並みの中で、自分のスピードと体の幅を意識しながら、周りの一人ひとりの進みに淀みが生じないよう、自分も激しいブレーキをかけなくて済むよう、気を配って道を選ぶ。普段無意識でやっていることも、今日は意識に上ってくる。

急にからだを人混みに放り出したためか、頭が痛い。少し呼吸を浅くして、この時間が早く終わればいいと思う。気を抜くと周囲のたくさんの音と光と匂いがどっと押し寄せて、気を取られて、疲弊しそうになる。慌てて、最適な歩き方に集中する。


ゆっくりでも一定のペースであれば、意外と人混みを潜り抜けることができる。
体の痛みと強張りを感じながら、意識的に、体のペースに合わせて進むことにする。


湘南新宿ラインのホームに着く。電光掲示板で18:00発の小田原行きが18:04発の新木場行きより下に表示されていることが気になる。

スマホに目を落として少し作業して、また電光掲示板を確認する。
相変わらず、時間がひっくり返っている。右から左に流れる説明の文章にも遅延の情報などは特に書かれていない。

ひとしきり悩んだ後、何らかの事情で到着順を逆にしたんだ、とやっと納得した。


さっきの大江戸線と違って、湘南新宿ラインには1時間近く乗り続ける。途中で4人掛けのボックス席に座るとき、ダウンを網棚に乗せるために一旦手に持っていた本を座席に置いた。お母さんに貸してもらった、小川洋子の『ことり』。
隣のおじさんが三度見くらいした。読んだことがあるのかな。

今ここで意気投合して盛り上がったりして、と想像したが、おじさんは次の次の駅で降りていった。


小川さんが、ことばについて沢山考えていることをひしひしと感じながら、『ことり』を読み進める。

大きな耳のおじいさんの話、小鳥の声にじっと耳を澄ませるお兄さんの話、じっと見ること、じっと聞くこと
授業で聞いた、小林秀雄の菫の花の話を思い出す。


今日、自分は声が出せないから言葉をすぐに発することができない。筋肉痛がひどくて、ぎこちない体の動きになってしまう。

それによって、とても静かに、とても豊かに世界を見て、感じることができている。
そして、そのことに強く感動している。

そんなときに『ことり』を読んでいることを、奇跡のように思う。


夢中になって本を読んでいたら、あっという間に最寄り駅に着いた。
雨はほとんど止んでいたが、変わらず、枯れた喉に優しいしっとりした空気だった。

家に入って、傘を置こうと思って、ふと柄の傷のことを思い出す。これ以上あまり傷が付かないよう、そっと玄関の角に立て掛ける。

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