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ミロとクララ

街には街のビールがあり、その分だけ飲み方もあるというのを教えてくれたのは、丘の上の美術館だった。

スペイン人の友人が東京に来ているというので食事をした。彼とはエジンバラのインターン先で知り合った。日本語を勉強していて、半年以上先の日本行きの航空券を恋人と予約したものの、ある日別れた瞬間に仕事も辞めて、スペインに突然戻ってしまった。日本旅行にも来ないかと思っていたが、気づいたらよりを戻しており、無事やってきた。

今年の5月は、わたしがバルセロナにいた。5月にも関わらず、バルセロナは暑かった。そして、まるで空気に極彩色を溶かしたかのような鮮やかさが街中にあった。ためらいなく肌を出した、豪快な雰囲気の女性たちの小さい面積のドレスには、大ぶりなアクセサリーがよく似合っていた。

バルセロナにはおびただしい数の美術館や、有名建築がある。ガウディのサグラダ・ファミリアやカサ・ミラ、ピカソ美術館や現代美術館、そして、ムンジュイックの丘の上にある、ジョアン・ミロ美術館

メトロのPoble Sec(ポブレ・セック)という駅を出て、ひたすら坂を歩くとあらわれる、入り口の見えない階段を全て登り切った上にこの美術館はある。手入れされた庭園が裏手にあり、ひょうきんな顔の彫刻が迎えてくれる。

ここは、ミロ自身が「若いアーティストの実験的な場になるように」との思いをこめて、建築の構想も含めて行ったそうだ。積み木の城がそのまま巨大化したような真っ白の建物は、彼の友人でカタルーニャ出身の建築家、ホセ・ルイ・セルトがデザインした。屋外、中庭、屋上、あちこちにミロの彫刻作品がある。中の小さなギャラリーでは企画展も定期的に行われているらしい。

当たり前だけれど、これ以上に充実したミロのコレクションはみたことがなかった。絵本の挿絵のような優しいタッチはその一部で、戦時中の彼の精神状態を表した凶暴性のある作品や、禅の思想にふれた後の作品など、バリエーションが時系列で見られた。彼が日本を訪れていたことも初めて知り、その後の作品は円相の掛け軸のような大胆さがあった。

自然光の入る空間が多く、美術館の中も街と同じ色の空気だった。中庭をのぞむ大きな窓が、プールと彫刻を中心にしてバルセロナの街を切り取っていた。

へとへとになるまで歩いたあと、館内にあるカフェのテラス席に座った。夏至まで一ヶ月切っていたので、夕方なのに痛いような日差しで、冷えたビールを求めてカウンターに向かった。スペイン語だらけのなかで、目に入ったのは「Clara(クララ)」というメニューだった。

何なのか聞いたところ「ビールにレモネードを入れたもの」と教えられた。それはぴったりだと迷わず頼んだが、あとで調べたところ、レモネードのほか、カセラというレモンソーダを使うことが多いらしい。

よく冷えた切れ味のよいラガーは、東京の熱帯夜によく似合うし、複雑な味のあるぬるいエジンバラのエールは、灰色がかった空をながめながら、古びた木製のカウンターで飲むビールなのだろう。

そしてクララは、スペインの日差しにふさわしかった。地元の人にも、観光客にも、分け隔てない日光と、おいしい食事を与えてくれたあの街。
帰途についてからも、テロやカタルーニャの独立で、気になることも多かった。世界に友人が増えるということは、ニュースが他人事でなくなることなのだなと、最近はよく思う。

初めて、支援欄をつけさせていただいてみました。この下にはほぼ何もないですが、気に入っていただけたら、なにとぞ―!

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