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あいまいな輪郭 「Contour: 14th Apr.」

ミラノデザインウィーク最終日の4月14日。仕事も大方終えて、賑やかすぎる街にも退屈を覚えはじめたので、ある写真家と、ミラノ市内から日帰りの旅をした。本人は、肩書きはなんでもいいと言っているけれど、写真を撮る人であることに変わりない。
ミラノで再会するまで彼のことはよく知らないままだったけれど、様々な街の姿を見つける彼のふるまいに興味を覚え、それ自体を記録したい衝動にかられた。ここにあるのはいわば、ある写真家の観察日記である。街を歩く合間にiPhoneでメモした、事実の羅列でしかないともいえるけれど。

***

写真家と、ミラノ市内から日帰りの旅をした。
どこまでを一つの旅と数えるのかはわからないけれど、はじまりはたぶん、地下鉄の駅で待ち合わせたときだった。あるいは、天気予報を確かめたときかもしれない。

「ちょっと写真撮っていい?」

カメラを取り出すタイミングは、全く読めない。あるときは車の後ろ姿。あるときは散乱した新聞紙。あるときは、わたしには何も見えないもの。

ミラノは大雨だった。二人とも傘を持っていない。郊外にある、ハンガービコッカというギャラリーを目指し、メトロの駅からびしょぬれになりながら歩いた。それでも何度もカメラを取り出し、立ち止まる。雨はやまない。

美術館のなかでは、iPhoneでしか撮影しない。入口の乱雑な傘、そして肩車をする家族には、大きなカメラを向けた。

15時25分発、ミラノ中央駅からトリノ駅に向かう列車。

窓側の席に座りたがる。相席になった向かいのカップルは、腕を組んだり、抱き合ったり、キスをしたり、忙しい。ときどき顔をあげて、窓の外にカメラを向ける。撮ったり、やめたりしている。こっそり、向かいのカップルも収める。隠し撮りするとき、わざとらしいくらい無表情になる。

16時26分、到着。トリノは快晴だった。

トリノの街を走るトラムのチケットを買うのに、カフェをたらい回しにされる。ここでは買えない。となりのカフェに行って。ここにはないから、向かいのタバコ屋に行って。横断歩道を渡ったタバコ屋にて、ようやく購入できた。トラムはなかなか来ない。

たどりついたアンティークマーケットは終わりかけていた。
売れ残った商品を積み込む、バンの後ろ姿ばかり撮る。立ったままフィルムを変えるのが器用で、感心する。巻き終わったフィルムを止めるとき、舌を出して舐める。

人であふれるジェラート屋があったので、列に並んだ。おじさんが一人で切り盛りしている。一人には広すぎるキッチン、行列には狭すぎる店内。バニラ味は売り切れ。ほかの味を選んで。コーンでお願い。
また街へ。行き先は特にない。

外はまだ明るいのに、終電間近だった。早足で駅に向かう。
急いでいるのに、立ち止まって撮る。使われていない即席のテラス席。地下駐車場へ向かう入口。「目をつぶって歩かないといけない」と、名残惜しそうにする。

20時発、トリノ駅からミラノ中央駅へ向かう列車。
混んでいる。一時間後には、ミラノに着くだろう。

どこまでを、一つの旅と数えるのかはわからない。記憶を言葉にする作業中も、あるいはきっと、写真を誰かが目にする時間も。
はじまりも、終わりも、ゆっくりと溶けていく。

写真:嶌村吉祥丸 
https://www.kisshomaru.com/

※このテキストは、6月11日から16日まで、渋谷ヒカリエのaiiimaにて行った展覧会「Contour: 14th Apr.」に展示したものに、加筆修正を加えたものである。

がんばって生きます。