20170723 春の夢

NHKはそろそろ朝の連続ドラマで大泉サロンを取り上げるべきだと思う。

[大泉サロン]。先行した水野英子等の女性作家、手塚治虫や男性マンガ家による少女マンガの影響を受けて昭和24年生まれの若い女性マンガ家たちが革新的な作品を生み出した特定の場所と時間がそう称された。爆発的な創造力は、後のマンガ文化に非常に強い影響を与えた。その状況がドラマとして再現されれば、当時作家や作品にリアルタイムで触れていた当時の少女たちのノスタルジーを満たすだけでなく、例えば初音ミクに歌わせてみたり二次創作を同人誌として制作したり、youtubeに動画を投稿している今の若い人たちにとっても大きな刺激になるのは間違いない。

言うまでもなく萩尾望都は、大泉サロンの中心人物のひとりだ。若い作家たちが協力しあい刺激しあい切磋琢磨を繰り返す中で、それまでの日本のマンガ文化には存在しなかった観念を生み出した。それが[少年]だ。[少年]が発見されることで[少女][性][友人関係][家族]といったそれまで自明とされてきた概念が再定義され、さらに新たな創作を生み出す種になった。[ポーの一族]のエドガーは、[永遠の少年]として40年前に生み出され、日本の大衆文化に大きな影響を与え続けている。

1944年のウェールズを舞台に描かれる本作では、ハンブルグ出身のユダヤ系ドイツ人の少女ブランカが重要な登場人物となる。幸せな少女時代を送っていた彼女の運命は6年前の Kristallnacht で一変した。ドイツ人だというアイデンティティは、ユダヤ人だと決めつけられることで大きく揺らぐ。大好きなシューベルトは、彼女の心を苛む。

無垢な少女が大人になる(なってしまう)というブランカの物語は本作で完了する(無垢な少女が無垢なまま消滅するメリーベルの物語とは対照的に)。だがこの作品には、必ず続く物語がある。なぜならエドガーは、この[春の夢]で示唆される[悪い母]との関係に決着をつけ、大老ポーの後を引き継ぐ一族の[王]となることが求められているからだ。[永遠の少年]の時期を離れ、あるいは依然としてそうしたものでありながら同時に[王]となることを。この作品で描かれるポーの一族とは別系統のバンパネラ、エドガーとポーの村との関係、姿を表した大老ポーの存在は、次の物語のための準備だ。

近い未来にわたしたちの目の前に現れる、続きの物語を推測するのに、下記の本([眠れない一族―食人の痕跡と殺人タンパクの謎]ダニエル T.マックス著)の一読をお勧めする。https://goo.gl/VASoAw 18世紀後半、イタリアのある医師が奇妙な症状で死を迎えた。以後、医師の子孫たちは中年期を迎えると原因不明の不眠症と消耗に苛まれ、やがて死ぬ。同時にニューギニアの食人部族のクールー、18世紀のイギリスの羊のスクレイピー、さらに20世紀終盤、世界中を驚かせ恐怖を与えた狂牛病、これらが同じある原因から発生したことが明らかにされていく。[春の夢]でオットマー家の男系に代々伝わる宿痾がこの病からヒントを得ているのは間違いないと思う(同家の祖先はナポリにいたという設定)。

さて、ここまで考えてみると、実に不思議な疑問に突き当たる。[ヒトが抗しえない病(ヒトの罪により生み出されたもの)を癒やすバンパネラの[行為]とは何なのか?バンパネラという存在は、ヒトにとってどのような意味を持つのか?][もしかすると、バンパネラの[王]は2000年前に人類の罪を背負って死んだ[王]と等価という可能性もあるのではないか?(作中では[さまよえるユダヤ人]について言及される)]

[春の夢]のまだ見ぬ続編では、物語がそのように展開され、わたしたちが40年間知っていた[少年]エドガーが全く別の何かになる可能性もある。ヒトの機械文明に強い関心を示すファルカの物語が番外編として描かれるかもしれない。どちらにせよ、物語の舞台は遠い過去ということも、21世紀の今を超えた先の未来ということもありうる。

続編が楽しみでならない。わたしの読みが合っていようが合っていまいが、萩尾先生はこれまでに無かった、わたしたちが40年間想像もしなかった[ポーの一族]の新しい物語を描いてくれるのは間違いないのだから。


※ポーの一族とは異なるスラブの(ファルカの)吸血鬼伝説に関してはこちらの本を参照のこと。https://goo.gl/EUYGqJ

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istvan0817

偏ったひとつの視点から

本・マンガ・映画の私的レビュー
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