20140108 オオカミの護符

2013年の冬は新しい駅ビルへの移転で最寄りの図書館が使えなかったので、比較的近い図書館分室まで散歩を兼ねてよく歩いた。

そうして初めて気づいた。
東横線で元住吉や日吉という駅は、線路上の点だ。
しかし自分の足で歩いてみると、たとえば蟹ケ谷のあたりまで元住吉、夢見ヶ崎の近くまで日吉という地名となっている。
これらの地名は東京から南下する路線の点状のものではなく、多摩川に近い順に並行する帯状の拡がりをもっているのだ。
東横線の線路が敷設される以前の、新興住宅地に新しい住民が移入する前のこの土地は、地元の人たちにそう認識されていたはずだ。

この本はそうした過去の世界にわたしたちを誘う。

先祖代々宮前区土橋に住んできた小倉恵美子さんは、あるとき実家の土蔵の扉に貼られた黒い獣の護符の由来を知りたいと思うようになる。
調査していく中で、鎌倉時代から存在し江戸時代以降には農業と竹の子栽培で生計を立てていた70戸ほどの平凡な集落が、実は関東平野全体に拡がる人的なネットワークに支えられ、経済的にも深いつながりがあったことが明らかになってゆく。
昔の人たちがいまのわたしたちとは違う思考と習慣に生きながら、生計のために同じように知恵を絞り、計画し、若者たちの成長を喜び、大人の世界に迎え入れていたことを、小倉さんのこの本は教えてくれる。

小倉さんはこう書いている。

〈引用開始〉-----------------------------------

わが土橋村を講社として受け持つ服部御師は、土橋から隣の馬絹村、野川村、明津村、下小田中村…と、地続きにその受け持ちのテリトリーがつながっている。それらの村々は矢上川の上流から下流へと連なっており、服部御師のご先祖が人のご縁を頼りに「川の道」を伝って布教をして歩いた様子がうかがえる。このように御嶽山の御師は、自らの足で歩いて里びととの信頼関係を各自で築き上げてきた。その関係が今なお続いているのである。

〈引用終了〉-----------------------------------

本書が刊行される2年くらい前に御岳山に行ったときのことだ。
山頂集落に着いて水飴を舐めながらうろうろ歩いていると、小学校3年くらいの男の子が山で採れた栗を売っていた。
籠に山盛りの栗を買うと、その子はとなりの籠からひとつ栗をとって袋に入れてくれた。
おまけのつもりだったのだろうが、もしかしたらお父さんやお祖父さんがそうやって売っているのを真似したのかも知れない。
長い長いあいだ、御岳山の山頂で暮らしていた人たちが集落を訪れる平地の人たちにそうしてきたように。

刊行された後の2012年11月に再度御岳山を訪れた。
読む前には気づかなかったさまざまなものが見えた。
農耕の神であった「おいぬ様−大口真神」を祀っていた御岳山神社はいま、飼い犬の健康を願う人たちの望みを叶える聖地としても機能している。
茶店の窓には元禄の頃に日本中を旅した円空の仏が多数祀られている。
山を降りて駅に歩く道々のお宅に貼られたおいぬ様の護符を発見する。
そうしたことが、見えた。
里と山の関係はそのカタチと拡がりを変化させながら、いまも脈々と続いている。
小倉さんがわたしたちに語りかけるその通りに。

川崎市内の多くの小学校や中学校の図書館には、きっと小倉さんのこの本が所蔵されている。
読んだ子供たちには、まず鉄道ではなく自分の足や自転車で、意外なくらい高低差のある市内を動きまわってみることをお勧めしたい。
地名や川や用水路に注目しながらだと、いろいろ面白い発見があるだろう。
そして、高い建物が建ち並び、地面のほとんどが舗装されている今の風景ではなく、豊かな田畑や森が連なり、空が高く遠くまで見晴らすことができた時代のことを想像して欲しい。
大山や御岳山や秩父の山々が川崎市内から見えた頃のことを。
秩父の山並みの背後には榛名山も。
むかし、この土地に生きていた子供たちもきっとこれらの山に憧れていたろう。
そう思うことができたらこれらの山に行きたくなるだろうから、休みに家族や友達と出かけてみるといい。
これまでに見えなかったことが、確かなリアリティを持って見えてくる。
見えなくても、まだ自分のコトバで想いを表現することができないあなたたちにも、きっと何かが感じられるようになる。

2006年に「仮面ライダー響鬼」を見ていた子供たちなら(どういうわけかお父さんの方が熱心に見ていたかもしれない)、あの作品の世界観には日本の伝統的な民俗文化に基づいたモデルがあって、小倉さんのガイドでいつの間にか自分が作品世界にとても近づいていることに気がつくだろう。
世界文化遺産登録以降、テレビなどで取り上げられる機会が増えた富士講の御師などにも興味が出てくるかも知れない。
鳥のように地図を見て、あちこちの土地や土地同士のつながりに想像の翼を羽ばたかせる人もいるはずだ。

この本に導かれて若い人たちの断片的な知識は時間的にも空間的にも深く広く拡がるさまざまな文化に接続をはじめる。
そのことは、これからの時代を生き何かを作り上げていく人たちの想像力と創造性の基盤のひとつになる。
過去の人々の営みは、現在の子供たちを通じて未来につながっていく。

2012年の9月に初めてこの本を読んでから3册ほど買い、買うたびに誰かに進呈し、今は手元にはない。
だからこの文を書くのに川崎市の図書館から借りた。(今回、レビューを掲載してもらうためにまたAmazonから買った)
小倉さんの贈呈本だった。
表紙の裏には彼女のサインと、こんな言葉が書かれている。

「地元で読み継がれていくことを心より願います」

わたしもそう思う。
強く強くそう思う。

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istvan0817

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