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キラキラを蓄える

1歳の娘は、なんだか毎日にこにこしている。

ご飯をたべても「うふふふ~」とこっちを見てにこにこしているし、絵本を読めとせがんでは、キャッキャッと笑っている。

それを見て、わたしは、心を痛めている。

わたしもきっとこんな風に、親を頼って、キャッキャうふふと生きていたのだろう。それを思うと溜まらなく、自分が不憫になるのだ。

子どもには、子どものうちに身につけてほしいものがある。受け入れられているという自信と、それに基礎づけられた自分で選択する力だ。そのためには、たくさんの「大好き」が必要だと思う。

失敗するために、たくさん前むきに、前のめりに進める子になって欲しい。そのためには、何をしても許される、本当にダメなことはちゃんと親が教えてくれる、そういう感覚を身につけていってほしいなと思う。

好きなものは、キラキラしている。

子供の頃、毎日がとても長かった。それを思い出しながら、エンドレスリピートで読むのをせがまれる絵本が、どれだけ彼女にとってキラキラしているのだろう、と想像する。

母であるわたしの願いは、キラキラしたものを蓄えていってほしいということだ。そうすればきっと、いつの間にか「これが好き」「こうしたい」って自分で考えられるようになるから。

わたしが子供の頃は、なぜかそうしたものがなかった。

今思えば、ブドウの皮までむいてくれる母親は、わたしが言う台詞を全部言っていた。今でも母に会うと、ずっと1人でしゃべっていてすっごくうるさいなと思う。でも、自分がなかった頃のわたしは、それが自分の台詞だと思っていた。

小学生になってほどないころ、書道教室に通い始めたわたしは、母がいなくて、先生にも放っておかれて何をしていいかわからなくてとても困った。人に質問されれば答えられるのに、自分からはなにも要求できないのだ。

「あれ? わたしはどうして自分からはお願いができないのかな」と悩み続けてしばらく経った頃、母親に反抗してみた。「いい子でいるのはやめる。」そう言ってまもなく、経済的な理由で、我が家は泥沼になった。母親と父親が揉めていた。母はわたしを愚痴聞き役にした。結局わたしは、母親の身代わりになって、父に殴られたり、ストレスを貯め込むことになったし、自分の心を獲得する間もなく、大人びたアイデンティティを上書きされてしまったのだった。他人の顔色を窺って、オドオドして、好きなものもわからず、自信もなく、ただ冷めた子供になった。

そうした問題の多かった10代のころ、自分の好きなものがわからなかった。他の人が盛り上がっていた、人を好きになったり、アイドルにあこがれたりがまるでなくてとても悩んだ。受験期には何をしていいか分からず、学校を休んでいた。夏休みはほとんど寝て過ごした。結局19歳で実家を離れて、それから10年単位で時間をかけて、母と切り離された「自分」を取り戻した。「手に入れた」というか。

その頃のことを思い出して、それは基本的にはわたしの特性だったかもしれないけれど、やっぱり環境要因も大きかったのではないかと思って、今から娘には「どれがいい」「どっちにする」といつも自分で選ばせているのである。

そうして、ちゃんと自分で選べるようになって欲しいと、切に願う。キラキラをちゃんと蓄えて、前のめりで進めるひとになるために。

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rhetorico

Rのポスドク手話/言語学研究者。3歳児の連れ。こちらには長めの文章を書いたものをとりあえず集めておきます。

博士の異常に○○な子育て

とある先輩に、FBに書いていた子供の観察を「博士の異常に冷静な子育て記」といわれたのですが、冷静であるよりは親ばかであるように自身では感じている。 ぼちぼち記録を残していこうと思ってまとめようとしてはいるのだが、そんなに暇じゃないのでありました。
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