日本のイラン人

わけあって中東の大国イランについて勉強している。「中東の大国」という冠ことばを学んだのもつい最近であるのだけれど。

ちょっと古い本だけれど、図書館で「東京のキャバブのけむり」という本を見つけて読んだ。なんの本か、タイトルからよく分からないかもしれない。キャバブとは、今は「ケバブ」として親しまれている中東の肉料理のことだ。この本の英語で書かれているタイトルは"The photo document of Iranian's life in Japan, 1991-1994"である。検索しないとこれがイラン人に関する本だってわからないタイトルではあるのだけれど、Iranian's life in Japanの本なのだ。

イラン-イラク戦争のあとの不景気の時代、イランから日本へたくさんの人がやってきて不法就労していたという。バブル崩壊前の1980年代後半から不景気で仕事がなくなる1990年代半ばまで、そういえば私の住んでいた田舎町でも、中東の人(おそらくイラン人なのだが、そもそも田舎ではどの国の外国人なんて気にしない)のテレホンカード売りや、「クスリ」売りがいるという話を聞いた覚えがある。

不法就労の話は、いまだによく聞く。不法じゃなくて、「技能実習生」とか名を変えて低賃金労働にあたる外国人労働者の話はこないだも読んだ。

自分が子供だった頃に、出稼ぎ労働者が上野あたりで問題になっていたのは、テレビでなんとなく知っていた。それがイラン人だったことに、気付いてはいなかった。

私の実家の「外国」観がとても排他的だったので、「恐ろしい人たちが日本にやってきて住んでいる」なんて思っていた。その頃に出版された本だ。著者のカメラマン西山毅さんは、そんなイラン人労働者を追いかけて写真を撮らせてもらううち、イラン人の人々と交流が産まれ、友達になったイラン人が帰国する際に同行してイランにまで行ってしまう。

イラン人たちは、不法労働で賃金を得ているため、雇う方が給料を踏み倒したり、お金を「借りる」といって返さなかったり、労災で怪我しても放置されたりと踏んだり蹴ったりな目に遭っている。日本人の「ガイジン」差別は本当にひどいなと思う。とはいえ、合法的に仕事ができるようになっていないんだから、「雇ってやってる」だったりするのだ。

かといって、日本人である西山さんは貧乏カメラマンで、イラン人たちを金銭的に、また社会的に助けてあげることもできない。だからこそ「友達」になる、というか、利用価値のない日本人だから、友達でいられる。そんな取材録なのであった。

この本は、イラン人を取材対象にしているが、西山さんがペルシャ語をしゃべるわけでもなく、イラン文化に造詣が深いわけでもなく、結局のところ、日本人が外国人労働者をどのように不当に扱ったかについて語るルポタージュであった。文化の軋轢があったといえば、「イラン人はその場で人を喜ばせるために嘘をつく」くらいだろうか。あとはイラン大使館での宗教儀式の話が印象に残った。

それにしても、上野公園から代々木公園にイラン人たちが移り、どちらでもケバブを焼いて売っていたり、そのあと強制撤去で機動隊が来たり、とドラマチックであるのだが、「やってることは今も変わらないな」と思う。今は対象がホームレスになっているだけだ。

それにしても、私は「イラン」についてほとんど何も知らなかった。イスラム教についても。というか中東について本当に知識が乏しい。世界史の授業で、ゾロアスター教とかスーフィズムについて覚えたことを覚えているくらいだ。イメージとしてはラクダ、砂漠、アラビア文字。

中東はなぜか遠い。とりあえず東京のペルシャ料理店でおいしいものが食べたいな、と思っている次第である。

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