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「サッカーだけで学生を評価しない」。外池大亮が描く新たな指導者像とマネジメント。

2018年2月、早稲田大学ア式蹴球部(ア式)の新監督に外池大亮氏が就任した。それから約1年、たしかに、何かが変わろうとしている空気感がある。

旧態依然とした大学サッカーの世界に、新たな風を吹き込むその男は、自らを「指揮官ではなくファシリテーターです」と表現する。学生一人ひとりとのコミュニケーションを何よりも大切にし、一年目から既成概念にとらわれないマネジメントに挑戦してきた。

その姿勢は、3年ぶりの関東大学サッカーリーグ戦(関東リーグ)優勝という結果だけでなく、ピッチ外における学生たちの行動の変化にも、大きな影響を与えている。外池監督に導かれるように、SNSなどを通じた積極的な発信を行ったり、外国人留学生との交流サッカーを企画したり、主体的に新たなことへチャレンジする組織へと、着実に変貌を遂げつつあるのだ。

外池監督が考える『大学サッカーにおけるマネジメント』とは何なのか。インタビューの前編では、どのような意識で日々学生たちと向き合っているのか、そして学生たちに伝えていきたことは何なのかを中心に、お話を伺った。

「サッカーを知りたい」。素直な思いが生んだ、唯一無二のキャリア

--ビジネスマンとして仕事をこなしながら、大学サッカーで監督をするというのは、決して簡単なことではないと思います。監督就任に踏み切った背景にはどういった考えがありましたか?

もともと、現役のJリーガーだったときから、「いつか指導者になりたい」という思いはありました。でも、引退後のキャリアを考えてみたとき、仮に自分が育成年代を指導する人間になったとして、サッカーのことしか知らないというのは、かなりリスクがあると思ったんです。「将来サッカー以外の世界に行く可能性がある若者たちを、指導できるのか」と。そこから徐々にもっと外の世界に出てみたい、知りたいという気持ちが湧いてきました。

外池大亮
1975年1月29日生まれ。早稲田実業高校から早稲田大学に進学。ア式蹴球部での活躍を経て、97年にベルマーレ平塚(現・湘南ベルマーレ)に加入。その後は数々のクラブを渡り歩き、33歳となった07シーズンに現役を引退。その後は電通に入社し、5年間の勤務を経てスカパー!に転職。スカパー!で6年目を迎えた18年、早稲田大学ア式蹴球部の監督に就任。就任初年度でチームを3年ぶりの関東リーグ優勝に導く。就任と同時に開始したTwitterのフォロワー数は、本記事掲載時点で3300人を超える。(@tono_waseda)

僕はこれまで「サッカーを知りたい」という自分自身の欲求に対して、素直に向き合ってきました。その過程で気づいたのは「サッカーはめちゃくちゃでかい」ということです。僕が想像していた以上に、サッカーの世界はずっと広くて奥が深いものでした。

同時に、そうやって外に出たからこそ、見えてくるものもたくさんありました。例えば『組織マネジメント』についてです。現役選手でいたときは、いわば個人事業主だったので、『自己管理的なマネジメント』が最も重要でした。でも、引退して電通という大企業に入ってみると、重視されるのはそういうマネジメントではなく、『組織マネジメント』であるということを実感しました。「これからは自己管理ではなく、いかに組織をマネジメントできるかが大切だ」と気づかされました。

ビジネスマンになって10年経った頃、自分のキャリアを見つめ直していたタイミングで、監督のオファーを頂きました。マネジメントについてもっと学んでいきたいと思っていましたし、大学スポーツには色々な可能性があるとも思っていたので、挑戦しようと決めました。

--迷いやためらいはなかったですか?

なかったですね。僕自身、何かにトライするときに、例えばお金が欲しいとか、達成感を得たいとか、そういう目的意識はありません。目標に向かっていくプロセス自体が好きだし、プロセスにおいて楽しめているかどうかが、自分にとっては一番大事なんですよ。逆に、楽しくないけど成果物は得られる、みたいなことに対して全く魅力を感じません。『耐える』ということに対してもそうです。

--サッカーと多角的に関わってきた外池監督のキャリアは学生たちにとって、生きた教科書になり得るかと思います。

僕自身も、自分のこれまでのキャリアを色々な形で落とし込んでいこうということは、常に意識しています。学生たちに考えてほしいのは、今自分が必死になって取り組んでいるサッカーという競技を、果たしてどう捉えるべきかということです。

サッカーは多くの人を引き寄せるコンテンツでもあります。実際にプレーする選手も、戦術マニアも、ライトなファンも、熱狂的なサポーターも、それぞれが異なる形で魅了され、サッカーという一つのコンテンツの中に集まってくるわけです。

一方で、サッカーは外へ出ていくことが可能なコンテンツでもあります。僕と同じように、サッカーという軸を持っているだけで、出ていったあともいろんな人たちに出会い、いろんなプロジェクトに参加できる。学生たちも、その考えを持てるかどうかで、日々の過ごし方や意識が変わってくると思います。だから全員がプロを目指さなきゃいけないわけでもないし、評価する側も学生をサッカーの側面から見ているだけではいけないんです。

--いま自分が必死に取り組んでいるものをどう捉えるか。これは体育会に限らず、私も含めたすべての学生が一度考えてみるべきテーマかもしれません。

高校生までって、「部活は学校の中における一つの居場所」という捉え方ができますよね。でも大学はそうではないと思っていて、僕はよく学生たちに「ア式蹴球部も一つのコンテンツだ」という話をしています。つまり、ただ帰属するだけの居場所ではないということです。

部員一人ひとりが、ア式蹴球部というコンテンツに対して何を求め、どう使い倒すのか。そして、そこからどのような価値を見出すのか。その意識の持ち方次第で、学生たちも変化していけるし、ア式自体もどんどん変えていくことができます。

それは不安定に思えるかもしれないし、部活として成立するのかと思われるかもしれないですけど、アイデンティティーとビジョンさえしっかり共有できていれば、僕は全く問題ないと思っています。

主体性とは『責任とアイディア』である

--ア式蹴球部における『組織マネジメント』は、具体的にどのように行なっていますか?

まず、学生には主体性を求めます。では、そもそも『主体性』とは何かということですが、僕の中では『責任とアイディア』だと思っています。

『責任』というのは自由と表裏一体で、自由が保証された大学という場においては、学生たちが取り組みに対して自分なりの『責任』を見出し、最後までやりきることが求められます。そういった人材になるために必要なのが『アイディア』です。つまり『自分なりの思考とこだわり』を持っていなければならないということです。この考え方は、サッカーの競技性にもマッチしていると思います。

そして、学生たちの主体性を『評価して管理する』のが、ア式におけるマネジメントであり、僕自身の仕事になります。

大切にしているのは、サッカー軸の評価だけにしないこと。例えば、「試合に向けて部としてこういう発信をしました」というときに、そのタイミングは良かったのか、言葉の選び方は適切だったのか、本当に伝えたいことをしっかり伝えることができていたのか。そうやって、サッカー以外の部分でも、全体をファシリテーションしながら、『管理』していくのが僕の役割なんです。一人一人の主体的な取り組みに対して打ち返しをしたり、次に繋がる動機付けをしたりすることで、チーム内に良い循環をつくっていきたいと思っています。

--ア式には90人近くの部員がいますが、一人ひとりに自分なりの思考を促し、評価していくことは容易ではないと思います。

もちろん難しいけれど、それが全てだと思うんですよ。一人ひとりとのコミュニケーションの積み重ねなしにはマネジメントは成立しないし、ファシリテーションすることもできない。だからこそ、就任してすぐに、部員全員と個人面談をするという取り組みも行いました。みんながどういった気持ちでア式に向き合っているのかを聞いた上で、「君にとってのア式における課題はこれだよね」という打ち返しをした。そこで定めたそれぞれの目標を全員が達成し、最終的に一つのピッチに落とし込めるようにする、そのサポートを行うことが僕の役目だと思っています。

--マネジメントしていく中で、トップダウンで指示を与えないという意識は持っていますか?

トップダウンを全くしないわけではないです。例えば試合中のように、より早い意思決定が必要となる場面では、そうやって指示を出すこともあります。でもそれ以外でそういう場面はほとんどないし、基本的にはしたくない。それをやっちゃうと、学生の楽しみを奪うことになるからです。

逆に学生の方から、僕に「どうしたらいいか教えてください」とお願いしてくることもあるんですけど、それに対して僕が何かを決めるということはしない。あまりに方向性が間違っていると感じるときだけ、修正できるように意見をします。

重要なのは「学生主体だから」という言葉を使って「お前らが好きなようにやれよ」と突き放すわけではないということです。まずは僕が彼らの考えを可能な限り、常に理解していないといけないと思っています。学生たちと目線を揃えた上で、彼らの責任とアイディアを尊重していきたい。そうでないと、本当の意味での『学生主体』にはならないと思うんです。

そうやって目線を揃えていくと、自然に僕と学生たちとの間で話し合いをする場面が増えてきます。

そこで大切にしているのが、学生にプレゼンテーションをさせるということです。例えば、「次の試合どうする」という話し合いになったときに、学生の方から「こうやって戦いたいです」という意見が出てくる。それに対して僕が「相手にはこういう選手がいるけど、本当にそれで大丈夫?ここもケアしたほうがいいんじゃない?」と問いかける。「確かにそうですね。じゃあこういうところも修正します。あとこういうメンバーにして、チームとしてこういう特徴を出していった方が相手も嫌がると思います」というふうに、提案を重ねてくる。

そこで「わかった、じゃあそれを踏まえて決めるよ」という流れです。そうやって毎週毎週、チームとして地道に組み立てを行ってきました。そのプロセスが関東リーグ優勝という結果そのものなんです。

岡田優希の凄み。「線引きをするな」と伝えていきたい

--はじめに一つの戦い方を定めて、シーズンを通して徹底的に磨き込んでいくというやり方もあります。それが良いか悪いかは別として、大学スポーツではそういった指導を行なっているチームが多い気がします。

むしろ今までそういう戦い方でやってきたことこそが、課題だと思っていました。なんで最初から全部決めちゃうのかなと。こうやれば勝てると呪文のように唱えることで、そこに個々のプレーヤーが合わせていくのが組織論だという風潮が、これまでの大学スポーツにはあったんじゃないかと思います。

もちろん、それはそれでいい部分もあるし、勝つためにはそういったやり方が必要なのかもしれない。でも、ここで型にはまって優勝できたとして、それは学生たちの未来にとって意味のあることなのか。今後の人生に繋がる何かが得られるのか。卒業してからの伸び代はあるのか。僕はそこがどうしても納得できなくて。

優勝すること、結果を収めることも大事です。でも、僕が一番大事だと思っているのはそこじゃない。選手が自分の能力を発揮できているのか、自分が伸びていると実感できているのかということです。ここでいう「能力」や「伸びている」というのは、サッカーのことだけではありません。人としてどうなのかということも含みます。ア式は今シーズン、成果に対するプロセスを見つめ直すことで、結果として優勝した。そこがこれまでのやり方とは一番違う部分だと思います。

--岡田優希主将(4年/J2・FC町田ゼルビア内定)は関東リーグで得点王に輝くなど、シーズンを通して素晴らしい活躍を収めました。岡田主将のコメントは簡潔でわかりやすく、考えがしっかり整理されている印象があります。まさに『自分なりの思考とこだわり』を体現している選手ですよね。

岡田は本当に頭がいいです。キャプテンというポジションでチームをどうマネジメントするか、監督である僕のやり方がどうこうではなく、「自分はどうするか」という自分なりの考えを常に持っています。

あとは、どんな場面でも流れを読んでコミュニケーションできますよね。例えば、話し合いの中で「監督は今こういうところを強調しているな」というポイントを感じ取ったら、自分が発する言葉にうまく組み込むことができる。全体の流れを常に理解しているからこそ、自分が伝えたいことをしっかり表現することができるんです。

だから、あれだけゴールを決められるんだろうなと思います。一見サッカーとは直接関係ないと思えることが、やっぱりサッカーで生きてくる。彼がプロでも通用するだけの実力を持っているのは、そこにも理由があるはずです。

サッカーで学んだことや、サッカーをやることで得た圧倒的な経験値が、どの世界でもやっていける人材へと引き上げてくれることもあります。サッカーの中で磨いてきた判断力やセンスが、時間が経ったあと、きっとどこかで調和を生んでくれるはずです。

学生たちには「サッカーとそれ以外」という線引きをして欲しくない。サッカーを続ける上で、それが一番マイナスだと思うからです。僕自身は少なくとも、「これまでそうやって線引きをせずに生きてきたぞ」という自負がある。同時に、そうやって生きてきて良かったとも思っている。だからこそ、学生たちには「線引きをするな」と伝えていきたいんです。

後編へ続きます

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取材・編集栗村智弘
写真・デザイン=高橋団

最後まで読んでいただき、ありがとうございます。「大学スポーツの『人それぞれ』を伝え、広がりをつくっていく」という信念を大切に、一つ一つ、発信を積み重ねていきます。