長い長い言い訳のはじまり

そうだ、これは不倫の言い訳だ。

心から好きになり、離れても離れられない人は、結婚はもちろん、一緒に住むことも難しい人だった。
すぐそこに、いつもそばにいられる人がいいと思ってしまったのは、弱っていた時だった。夫は全部知っていたはずだ。
私が他の誰かを思い、年に数回しか会えないその人とつながりながら、その場の空気に流されて、それほど好きじゃない男たちと付き合ってきたことを知っていた。


高校2年の終わり、Nとアドレスを交換して、1,2度はメールをしたかもしれない。でもそれだけで、しばらくは会うこともなかったし、積極的に連絡をすることもなかった。
K子からは、Nに会ったことを地元で話したら、同窓会をしようという話になっているよ、ANIもおいでよ、という優しいメールが届いていた。いくいく!と返しながら、あの町に行く自分が想像できなかった。居場所がない。あの町で私は、昔も、それから今は当然、居場所がないのだ。
あの2年間で思い出すのは、Nのことばかりだということに、そのころはまだ気づいていなかったように思う。

Nに再会したのは、今度は偶然ではなかった。
志望校だった国立大学の2次試験の前日、突然メールが来て、「大阪にいるんだけど、お茶しよう」と誘われたのだった。

こんなタイミングで!と驚いたけど、Nが入試の日など知っているわけがないし、なんとなく明日は入試だから、と言えなくて、「いいよ、明日だったら、夕方からならいつでも」と返した。

卒業式は終わっていたし、滑り止めに受けた私大には合格していた。第一志望の国立大学の前期日程を受けたら、後期は受験しないつもりだった。明日は入試の日で、人生でもっとも大切な日ではあるけれど、長かった受験の日々から解き放たれる日でもあったのだ。

約束は17時。難波駅で待ち合わせをすることにした。

試験を受けた大学は大阪の端にあり、難波から地下鉄で30分ほどだった。
試験が終わるまでNのことはまったく考えなかった。終わった後、難波へ向かう途中に、そういえば私、制服じゃん、と気づいて、なんか恥ずかしいな、と思った。それから、すごくそわそわしている自分に戸惑った。あれ、私ってNのこと好きなのか?

難波駅で待っていると、Nがやってきた。遠くから、誰かと話しながらこっちに向かっているのがわかった。

Nの隣にいたのは、ちょっと年上の男の人で、私を見て、「えー女子高生じゃん!」と言った。「そうですよ、俺だって18なんですよ」とNが言い、小さく「ごめんね」とつぶやいた。

その人はNの兄弟子で、同級生に会うと言ったらおごってやるといってついてきたのだという。私はずっと、そのお兄さんがしゃべりまくるのを聞いていた。内容はあまり覚えていない。Nとお兄さんの仕事の話と、大阪のこと、京都のこと。お兄さんも、仕事と関係ない人と話しをするのが久々で、ごめんねしゃべりまくっちゃって、と言った。いいえ、おもしろいです、と言った気がする。
それで、19時になって、私が帰るというと、二人で地下鉄の改札まで送ってくれて、「じゃあね」「またね」と言って別れた。いったいなんだったんだあれは。その日、人生で一番大事な入試の日だったのに、帰り道受験のことはすっかり忘れていたほどだった。

Nから電話がかかってきたのは、その日の深夜だった。電話をするのは初めてだ。
「今日ごめん、ついてくるってきかなくて、強く言えなくて」とNはしきりに謝った。もうずいぶん前からNは大人の世界にいるんだな、と私はNの声を聞きながら思った。学生の気楽なつきあいじゃない。先輩後輩とか、そういうのでもない。Nは中学を卒業して、すごいスピードで大人になった、ならざるをえない環境だったんだな。そんなことを思って、そんなNが電話をくれたことがうれしかった。

その電話で、次の土曜日にまた京都で会うことになった。東京に帰る前、師匠や兄弟子はまた京都で遊んでから帰るから、自分は夕方には解放されると。

そのときにははっきりと、そんな合間を縫って私に会いたいと思ってくれてうれしい、という気持ちになっていた。何着ていこう、とも思っていた。受験から解き放たれた18歳はそんなものだ。



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