付き合ってない

Jさんはその後数回うちに来て、泊まっていった。
ビールを飲んで、安いワインを飲んで、キスしてセックスして、寝て、起きて駅前のパン屋で朝ご飯を食べて別れる。

でも付き合ってはいない。
好きだとか、付き合おうとか、そういうのはなかった。
いやあったか。あったけどはぐらかしたのだ、私が。彼女になり、彼氏になってもらうのがめんどうだった。Jさんのことは好きだけど、独占欲はなかった。ひょうひょうとして、とらえどころがなく、学生バイトから好かれているJさんが、たまにうちにきて、私のことだけを見て、肌を合わせて気持ち良くしてくれて、気持ちよくなってくれたらよかった。「付き合う」ことで、JさんがJさんでなくなってしまうのは嫌だったし、なにより、自分がJさんのことを本気で好きになってしまうのも怖かった。

Jさんはどう思っていたのか、わからない。
付き合う?と聞かれて、いや、それはまあいいです、という私に、なんでよ、と言って笑うだけで、それ以上はなにも言わなかった。

その頃の私は、もうごちゃごちゃだった。
同級生が就職活動を始めるなかで、なんとなく追随してみるものの、世の中にごまんとある企業が、それぞれ具体的にどんな仕事をしていて、その人たちに自分をアピールするにはどうするか、そんなことを考えるのに慣れなくて、まったくやる気が出なかった。自分がそういう企業の中で働くなんて想像もできなかったし、エントリーシートなるものも嫌だった。マニュアルを覚えてクリアする、みたいなことを求めてくる企業なんかどうせたいしたことない、とか思っていた。自分がうまくいかなかっただけなのだけど。うまくやっていそうな同級生を見て、信じられないとも思っていた。

Jさんとの関係はそんな私にとって、現実を忘れられる居場所で、心地よかったのだ。Jさんはその頃大学を休学していて、またアフリカに行くためのきっかけを探しながらお金をためていた。

Jさんとの関係をなんとなく続けながら、Nに会ったのはいつだっただろう。京都にいるんだけど、明日会える?というメールがきて、会いに行ったのだ。

最後に会ったのは高校卒業の前後。あのときすでに弟子として仕事をしていたNは、3年たってまた大人になったことだろう。
会うのは楽しみだけど、ちょっと怖かった。親のお金で大学生をしている自分のことを、中学を卒業してからずっと自分の身一つで働いているNにはどう見えるんだろう。

京都で待ち合わせ場所に現れたNのことを、今でもよく覚えている。
すでにその界隈にはファンクラブができているらしい、ということも知っていた。3年前よりがっしりしていて、遠くからでもNだと分かった。きれいな顔立ちは変わっていない。スーツを着ていても、からだを鍛えていることがよくわかった。

Nは私のことがわからないんじゃないかと思ったが、すぐに見つけて、久しぶり、といって笑った。私も笑った。なんでか泣きそうになった。

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