台風の日

強い風、雨も降ってきて、めちゃくちゃなのに、その帰り道はとてつもなく楽しかった。

私の住むマンションまでついたとき、「タオルを貸すから」と言った私は、帰り道の興奮状態から抜けない状態だったのだと思う。Jさんも拒まず、自然に部屋にあがった。

Jさんにタオルを貸し、私は風呂場で着替えた。そこではじめて、これはちょっとやばい状態なのではないか、ということに気づいた。男の人を部屋にあげ、そしていま私は部屋着に着替えている。
まあでもJさんって、あんまり性欲とかなさそう、と自分を安心させたりしつつ、ちょっと緊張して部屋に戻ると、Jさんは熱心に本棚を見ていた。
「なにかおもしろいものありました?」
「うん。本屋の女の子って何読むのかなと思って」とJさんは私を見ずに言った。
漫画も文庫も、ハードカバーの単行本も、写真集も画集も、重いものも軽いものも、流行っているものも古典と呼ばれるものもなんでもあった。当時の私が何色にも染まっておらず、何色かに染められたいと模索しているのがわかるような本棚だったと思う。要するにみられるのが恥ずかしい本棚だった。

「おすすめは?」とふいに聞かれて、ここでなんて答えるのがかっこいいのだろうかと一瞬考えたけど、わからなかったので当時一番好きだった短編集を渡した。

ジュンパ・ラヒリの『停電の夜に』を最初に読んだのは大学の授業だった。
会話もなくなった夫婦が毎夜の「予告停電」をきっかけに、絆を取り戻す、かのように見えて、取り戻さない話。

話の展開はもちろん、インド系アメリカ人である作者の背景に惹かれ、検索して出てきた作者の姿にも惹かれた、ということをJさんに言った。
Jさんはへー、といって本棚をみている。恥ずかしい。自分の好きなものを話すのってなんか恥ずかしい。それで、Jさんはこういうのは読まないですよね、というと、なんで?そんなことないよ、と今度は私のほうを見て言った。こういうところなんだよ、こういうところで目を見つめてくるのが、女子たちをギュンとさせんだよ、と思った。つまりきゅんとした。

そのあと、風はやまないし、雨もいよいよ強くなってきたから、ちょっと部屋飲みでもするか、ということになったのだった。8階建てのマンションの1階はコンビニだった。そこでJさんがビールやワインやおつまみやらを買ってきてくれて、私は冷凍ピザをトースターで温めた。

楽しい飲み会だった。Jさんは同級生の男の子たちより大人っぽかった。男の人を部屋にあげて、しかも酒を飲んでいるという状況を、私が気まずく思わないように気遣われているのもわかった。
私はたしかに酔っていたけれど、前後不覚ではなかった。そろそろ雨風も落ち着いてきたかな、と冷蔵庫にビールを取りに行ったJさんがキッチンの窓から外をみていったとき、私は帰ってほしくないと思ったのだった。そして口にした。

まずいでしょ、とJさんは言った。
まずくないです、と言ったのは私だ。




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