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人と話さないお仕事

 先日、派遣会社に登録してきた。

 しっかりと腰を据えて働く次の仕事を見つけないといけないのだが、なんだかまだそういう気にもなれず。しかし、いくら実家に寄生していようと、生きているだけでお金がかかるのは事実で、貯金は目減りするいっぽう、すこしは稼がないといけない。いままでずっと営業畑や接客業で、おおかた愛想よく働いてきたので、できればしばらく人と話さなくてよい仕事がいいと思い、データ入力のお仕事でお願いしたいと伝えた。顧客情報や、映画やゲームのアンケートを入力したりする、小説でよくでてくるやつだ。派遣会社の担当者と、職歴の話になったのだか、いままでさんざん接客業をしてきたなら別の仕事がいいのでは、と不思議がられる。私の友人でも「あなたの好きなこと(できること)ってそれじゃないの?」と言うだろう。現に、こんな簡単な面談でさえ、社交スイッチが勝手にONになり、つい愛想を振りまいてしまうし、まるでこれから長くつきあっていくお客様に自己紹介するかのようにいろいろきっちり説明してしまう。変な癖がついてしまっていて、とても疲れた。

 データ入力というのは、パソコンの技術というより、早打ちが肝である。
軽いローマ字入力のタイピングテストがあった、ブラインドタッチぐらいできるし、と思いきや、スピードとタイピングミスでB⁺という結果、ちょっと悔しい。しかもこの仕事、とにかく人と話したくない、もしくはできるだけ話さずに済む、という私と同じ動機の人がたくさんいるらしく、けっこう人気だという。私は、こういう「~しなくていい仕事」というお仕事の選び方は初めてだったのだけれど、そういう選び方もスタンダードということを知って、やっぱり生きづらい今の世なんだな、と思った。
“センター”と呼ばれるところで、パーテーションで区切られた室内で数十人がひたすらPCに向かって、データ入力をする。当たり前だがノルマがあり、各人の進捗具合がモニターに表示され、競争心(他人に対するなのか、ノルマに対するなのか)を煽られるらしい。私語はもちろん禁止で、カタカタというタイピングの音だけが室内に響いているという。
ふと隣国の一糸乱れぬ兵隊さんたちの行進を思い出した。
ゆえに、「正直、離職率も高いんですよー、ノルマ達成しなかったら時給も下がるし、シフト希望も通りませんからね。」と、「でしょうね・・・」と頷くと、こなれた脅し顔で「それでも、あなたは本当に登録しますか?」と念を押された。

 私はひとまず、6月の末までという短期を希望したのだが、はじめから短期と申告していても途中でやめる人は多いらしい。この前の勤め先のように、義理はないので「今すぐ辞めたいが、ゴールは見えているし、あとちょっと頑張らなくちゃ!」とかそういう我慢はしないでおこうと思っていると、担当者から、今からエントリーシートをデータ入力請負会社に送りますので、採用の可否をいついつまでに連絡します。連絡がなければ、ご縁がなかったと思ってください、と告げられた。
苦笑、そうだ、勝手に某国への入隊を思い浮かべ、慄いていたが、まだ私は選ばれさえしていない。「お、お願いします。」という最大限の後ろ向きな挨拶をして、帰ってきた。