６月のある日お隣の奥さんから
立派なアナベルと紫の八重の紫陽花をもらった
嬉しくてそのことを記事にもした

お隣の庭はいつも花で溢れていて
バラや芍薬、もちろん紫陽花も
いつも素敵だった

この記事にも書いたけど
旦那さんの介護が必要になった頃から
庭の手入れがあまりできなくなったようで
庭は少しずつ荒れていった

旦那さんが亡くなってからは
何となくそうなるだろうとは思っていたが
奥さんの方の認知も進み、ますます庭は荒れてきた
ずいぶん痩せてしまった奥さんが
ぼんやり家の前に座っている姿をたまに見かける

娘さんが町内に住んでいるので
日に一度くらいは様子を見に来ているようだが
いつも怒られているような声が聞こえてくる
水分摂らなきゃ！
なんか食べなきゃ！
倒れちゃうよ！

ほんとにその通りだ
だけどきっと声をかけるだけじゃ解決しない
たまに挨拶をする奥さんは心配になるくらい痩せた
そして庭のフェンス越しでは無い場所で私に会っても
もう私が誰か分からない

６月のあの時は庭のフェンス越しに話をしたので
隣人という認識もしてくれて
立派な紫陽花をくれた

そこから夏に向けて雨も降り日差しも強くなり
草丈がかなり伸びた
植物も草も区別がつかなくなって
うちのフェンスにも隣から伸びた蔓がぐるぐると巻きつき始めていた

台風が過ぎ何日か振りに庭に出て驚いた

隣の庭の花木が全て一定の高さで全て刈られてしまっているのだ
植木鉢は雑多に積み重ねられ
切り取られた植物たちが枯れて茶色くなって散らばっている
以前のような色彩豊かな緑多い庭とは別人のようだった

アナベルは？紫陽花？芍薬は？
思わずフェンス越しに身を乗り出す

葉もほとんどついておらずどれが何の枝なのか分からない
でも今後奥さんがまたコツコツと庭いじりをできるとも思えない

どうしよう…
奥さんが可愛がって育てた花たち
奥さんとともに終わりにしていくのが花も本望か

でもいつもあんなにきれいに咲かせてた

迷いに迷って
ダメもとでお隣の玄関まで行く
風通しのためだろうか
玄関の引き戸は数センチ開けてあり
私が玄関に立ったその時
内側からその引き戸に手がかかった
タイミングが良過ぎてその手を見た瞬間
若干びびってしまった

ちょうどなのかいつもなのか分からないが
奥さんは玄関の上がり端に座っていたようだった
私の気配に気づきドアを開けたのだ

怪しまれてはいけないので挨拶をする

こんにちは
隣の◯◯ですけど
お庭ずいぶんすっきりされたんですね

と声をかけると

あれね、誰かが勝手にみなやっちゃった
と言う

えっと…きっと娘さんが台風が来る前に
整えてくれたんじゃないですかね？

そう話をする最中も奥さんはふらふらしている

奥さん、大丈夫？

何にも食べる気がしなくてね
口がカラカラだから水でも飲もうと思って
いかんね、ぐうたら病

ぐうたら病なんかじゃないですよ
何か口に入れた方が良いです
飲む物ありますか？

あったと思うだよ
とにかく何も食べたくない
飲み物なら口に入るんだけど

そう言いながらもふらふらしている

奥さん、ちょっと座って待ってて
今ジュース持ってくるから

そう言って奥さんを玄関に残し
急いで家の冷蔵庫から冷やしてあるグリーンダカラを持って出る

これ、ひと口でもいいから飲んで

キャップを外して手渡すと
奥さんは数口飲み、冷たくておいしい、と言った

少しずつ飲むね
冷蔵庫に入れてくる
で、なんだったっけ

あ、そうだ鉢植えの話をしなきゃ

奥さん、こんなふらふらじゃ
もうお庭手入れも大変でしょ
もし嫌じゃなかったら紫陽花、鉢ごと
私に頂きたいんだけど、どうかな？

あぁいいよ。紫と白があるから
好きなように持ってって。

そう言って庭に出ようとする

大丈夫？暑いししんどかったら部屋の中にいてね。

奥さんと一緒に庭に行く
やっぱりうちから見たように全ての植物が
一定の高さでばっさり切れらている
よく見ればアナベルと紫の紫陽花は分かった

少し残しておいてね、花がまた咲くから

奥さんが私の背中に向かって声をかける
そうだよね
花が好きで季節の花がきれいに咲くのを楽しみに
毎日お手入れしてたんだもんね

大丈夫だよ
ちゃんと残しておく
この辺りの鉢植えは地面までしっかり根が張っちゃってる
花もここが良いって言ってるね

何とか鉢を揺らして地面から抜けたのはアナベルだけだった
鉢はかなり小さなもので
その鉢底の穴から太い根が伸び出している

奥さん、紫のは取れないや
でもこれだけちゃんと根が張ってたら
来年もまた咲くね
白いのだけ頂いてもいい？

いいよ、好きに持ってって
でも少しは残しておいてね

大丈夫だよ
他の花は全部残ってる
バラも芍薬も
奥さん、ジュースこまめに飲んでね
家の中にいても熱中症になっちゃうから

ジュース？

さっき私が渡したやつ
冷蔵庫にしまってくれたと思う

そうだった？どんなやつ？
ちょっと見に来て

地面から引っこ抜いたアナベルを自分家の玄関先に置き
急いでお隣の玄関に戻る
失礼します、と靴を脱ぎあがる

ここ冷蔵庫、どれがくれたジュース？

奥さんが冷蔵庫扉を開く

あぁやっぱり…
同じように開けてあるペットボトルが何本も入っていた
そして冷蔵庫内はパンパンだ
きっと娘さんも心配して色んなものを持ってくるんだろう
すぐ口にできるものを
口当たりの良い飲み物を

私すぐ忘れちゃうもんでね
ぐうたら病なの

少し笑いながら奥さんは言う

そんなことないよ
でも毎日暑いから、気がついたらここを開けて何でも飲むんだよ
おじゃましちゃってすみません

いいだよ
今私こんなだけど
絵もね描いたの
ここに飾ってある、水彩だね。好きで習ったりして描いただよ

そう言って玄関に飾ってある絵を指差す

淡い色使いで優しい絵だ

芍薬も描いてあるね、素敵

そう、芍薬…
なんだか引き止めちゃって悪かったね

こちらこそ上がり込んじゃって
奥さん、メロンとか好き？

メロンなんてそんな高級なもの買わない
食べるのがめんどくさいね

切ったら食べる？

切るのはいらない

そっか
じゃあほんと水分しっかり摂ってね
おじゃましました

娘さんの手前
これ以上踏み込まない方がいいのかもしれない

想像以上に認知が進んでる
何かしらの介入が必要に思える
それでも家族のことだから
隣人の私がどうこう口を出すことじゃない

もやもやしながら家に戻る

そうだった
アナベル引き取ってきたんだった

さて、この子を急いで植え替えなきゃな
大きな鉢も無いし
今家にある土じゃ植え替えには足らなさそう

とりあえず大きな鉢と土を買いにホームセンターへ向かった