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ももクロ至極の15曲を語る Part2

Part1が想像以上にモノノフの皆さんに評価いただけて、わたくしらっくすとーん、味を占めてしまいました。
そうだ、おかわりしようと思い至ったわけです。
その結果ありったけのももクロ愛、ももクロの曲への愛を書き並べ、なんと本文の字数は2万字弱になりました。
高校の時の卒論ですら1万6千字ですからね。ももクロの持つ魅力ってすげえわ。
という訳でもう前置きは要らないですね。早速ほんへに移りましょう。

Believe

いつか誓う僕ら この手で築く未来は

常々思うことではあるんですが、ももクロの隠れた魅力として
「カバー曲を絶対に外さない」
ことがあると思うんです。ワーズ然り、ツヨクツヨク然り。
音源はないですが、イナズマロックフェス2014で披露されたinvokeのカバーもめっちゃ好きです。
単なる模倣で終わらず、ももクロのアイデンティティに昇華させていることがその理由だと思います。
ワーズなら杏果の手袋のくだりとか、ツヨクツヨクならタオルぶん回しとか夏菜子ちゃんのハイキックとか…
Believeなんかその最たるもので、原曲には存在しないラップをぶち込んできてます。
正直に言うとラップなしの間奏の方がスタイリッシュではあるんですが、そんなに綺麗にまとまるだけがももクロismじゃないですし。
しかもラップのパートがしっかりライブで盛り上がる箇所になっている辺り、アイドルの曲としてしっかり昇歌してるんじゃないかと思ってます。

余談ですが、ツヨクツヨクの落ちサビの杏果とれにちゃんの音量差を一人二役で完全再現するしおりんがめっちゃ好きなんですよ。

4:35あたりからです。誇張しまくりの杏果のモノマネがガチでツボなんですよ。

…Believeの話をしようか、自分。
とにかくそんなハズレなしのももクロカバー曲の中でもダントツで完成度の高いものがBelieveだと思います。
この曲、玉置成美さんの原曲ですらインスタの音楽に掲載できない状態なので当然カバー版も掲載できず、なかなか布教しづらさを感じているのでこの場で盛大に布教していきたいと思います。

Part1を読んでいただいた皆様は、薄々気づいてると思いますが、わたしは「戦闘スタイル」のももクロが特に好きなんです。
ゆえに戦闘用BGMみたいな曲に自然と好みが偏ります。
Believeはももクロカバー曲の中でも特に「戦闘スタイル」が出ている曲だと思います。
まぁそりゃあね、原曲がガンダムSEEDのOPだもんね。InvokeもガンダムSEEDだし。
落ちサビで転調する曲は割とたくさんありますけど、Aメロ・Bメロからサビへ移行する時に転調する曲ってBelieveくらいじゃないですかね。
その転調と、転調後の疾走感に溢れたサビが大好きです。
サビのダンスもなんか見てて癖になりますよね。なんというか、中学校の体育でやった集団行動を思い出すというか。
そしてやはり詩織推しとして、注目したいポイントは
「落ちサビの歌い出しがしおりん」
ということです。
Re:volutionも落ちサビがしおりんでしたね。
どっちもあの透明感のある声が落ちサビにめちゃくちゃハマってると思います。

オレンジノート

伝えたい言葉があるんだ 「ありがとう」

もういかにも「青春ー!!!!!」って空気感をふんだんに詰め込んだ曲です。
「校舎」とか「放課後」とか、実生活ではもはや死語と化した単語の数々で中高生時代が鮮やかに思い出されます。
なんかもう世界観が眩しくて仕方がないです。こんな青春わたしも送りたかったですよ…(血の涙)
前回紹介した「走れ!」同様に、こちらの曲も片想い真っ盛りの少年らっくすとーんの妄想をかき立てる甘酸っぱい良き曲として、青春を彩ってくれました。
「走れ!」の項でも同じようなことを言った気もするんですが、それほど数が多くない「ももクロ×恋愛」曲の最大の魅力は、「恋愛に極振りしない」ことがあると思います。
というのも、単に歌詞が意中の人に対するものではなく、自分が大切にしている人たちに対するものとも解釈できると考えているんです。
冒頭の歌詞なんか最たるものであって、何も「声が出なくて泣いた日も、動けなくて立ち上がれない日も」そばで支えてくれた人間は意中の人だけじゃないですし、むしろ恋愛対象でなくそばで支えてくれた人の方が、後になると心に刻まれているものです。
そんな人たちに伝える言葉は、「好き」なんて浮かれ立った言葉ではなく、純粋にして切実な「ありがとう」の一択と言えるでしょう。
(サビに「君が好き ただ伝えたい」ってあるじゃんって思ったそこのあなた。君のような勘のいいガキは(以下略)
冒頭の歌詞と共に
「週末にだけ君に会えるよ 誰にも邪魔はさせない」
という歌詞が強烈すぎて、初めて印象に残っています。
「週末ヒロイン」というキャッチフレーズを混ぜ込んで、2人だけの時間を大切にしたいという熱い想いが乗せられていますね。

この曲には、もうひとつ「ももクロ伝説」を象徴する曲としての側面もあります。
2011年7月11日に東京タワーのふもとで開かれたフリーライブにて、オレンジノートが披露されるのですが、1番が終わるのとほぼ同時に、機材の故障なのかBGMがピタリと止まってしまいました。
突然のことで一瞬困惑する5人でしたが、それも本当に一瞬のことで、
なんと5人は2番冒頭から歌い終わりまで、振り付けもしながらアカペラで歌い切るというパワープレイを成し遂げたのです。
半ばアイドル界隈で暗黙の了解になっていた「口パクも辞さず」の雰囲気に、自分たちも音を被せることはあれど、ここまで全面的にカチコミをキメていく5人の少女の姿は人々の心に深く刻まれたことでしょう。
まだ知らないという方は、おそらくYouTubeに動画があるのでぜひどうぞ。

コノウタ

やがて未来を襲う無理難題 でもひるみやしないやる気満開

オレンジノートもそうなんですけど、バトルアンドロマンス収録曲特有の青春の鮮やかさと爽やかさを詰め込んだ雰囲気がわたしは大好きです。
もう22歳も半分を過ぎ、どんどん青春というものから縁遠くなっていくにつれ、ノスタルジーのようなものが感じられてなおその雰囲気に魅せられていきます。

そして、これもオレンジノートと同様に世に「ももクロ伝説」を知らしめる発端となった曲のひとつでしょう。
2011年の女祭りで、体調が芳しくなくパフォーマンスがおぼつかない杏果を支える4人のメンバーという「ももクロの絆」を象徴する場面は、アンコールのトリだった「コノウタ」の歌唱場面でした。
この場面、YouTubeに当時の映像が残っていますが強烈な印象ですよね。
ネットでやれ「杏果がハブられている」だの「ももクロ不仲説」だの言っている方には是非その映像を見てほしい。
もし仮に杏果のことをメンバーが嫌っているならば、あの映像はまず生まれることはないと思います。
この女祭りの映像、怪盗少女のアクロバットで馬跳びの馬になるはずの杏果を夏菜子ちゃんが労って回避する、という画もかなり印象に残っています。
アイドル戦国時代と呼ばれた時代に「アイドル」の肩書きを背負わされ、理不尽な大人にどんどん試練を与えられた5人の少女の絆を象徴する曲として、今もこの曲はわたしの中に燦然と輝いています。

個人的にもう1個印象に残っているのは、いつぞやのA-Studioで制服の衣装で披露された「コノウタ」です。
『幕が上がる』のコンセプトと歌詞もマッチしていましたし、当時中学3年生だったわたしにとって「理想の青春」として輝いて見えました。

そして2023年、今またこの曲に「最後の元気」をもらえています。
ここからわたしの記事あるある、曲紹介と見せかけた盛大な自分語りタイムです。
このセクションを書いている現在、わたしは病院実習の1年目を終えようとしているところです。
昨年の11月末から始まった病院実習はわたしにとって色んな意味で試練の連続でした。
病院内での立ち回りが最初はよく分からず、自分の不勉強さをひたすら自覚させられる日々が続きました。
それに加えて中盤となった春頃から、実習を共に回る班員との「心の壁」を感じ始めて、実習外で心を揺さぶるバイトでの失敗や人間関係のトラブルも重なり、更なる苦難の日々が今日に至るまで続きました。
その中で何度も自己嫌悪に陥り、何度も自分の限界にぶち当たりました。
そんな自分への最高の励ましの言葉として、そして未来へ進む激励の言葉として、コノウタの代々木無限大記念日の音源に出会いました。

「その密かな頑張りを誰一人知ることがなくても構わないんだ」
「流した汗と涙が証明してくれるはずだってみんなに教えられた」
「誰のためでもなく努力し続ける意味をちゃんと知ってる」
「全てが無駄じゃなく力になるってことをみんなで証明しようぜ」

わたしのここまでの1年、これらのフレーズでしっかり報われた気がします。
怠惰で自分本位な班員の肩代わりとして、本来求められる以上の仕事を背負ったこともありました。
人間関係が悉く上手くいかないのが悔しくて、アパートに帰って1人で泣いて過ごす夜もありました。
そんなことを無駄じゃなかったと、力強くて暖かいメロディと共に教えられて、あと少し、病院実習を頑張れそうな気がするんです。

そして、冒頭の歌詞ですよ。
わたしたちには未来が待っているんです。
そしてその未来でも今以上の困難が待ち構えていることでしょう。
でも、命続く限りその困難を乗り越えなくてはならない。

そんな風にわたしは解釈しました。
わたしはまだ学生の身分であって、真価を試されるのはむしろこれからなのだから、物怖じしていてもしょうがないじゃないかと気づかされました。

わたしだけじゃなくて、周りの人も皆困難に立ち向かっているんです。
その人たちなりに「いつだってギリギリ」な状態なんです。
だからこそわたしもまた、できることを精一杯頑張ろうと決意を新たにする原動力になったコノウタでした。

余談なんですが、この音源に収録されているあーりんの煽り、聴いていてめちゃくちゃ懐かしい気分になりました。
多分わたしの持っている円盤でコノウタやってるの国立くらいなんでそれもあって余計に。
そして自分の名前だけ4連続でコールさせるあーりん。さすがです。そこ含めて可愛いんですが。

DNA狂詩曲

涙は乾くのじゃない キミの心に染み込んで紅い血に還っていく

中高時代めちゃめちゃ聴き倒した、青春の思い出しみっしみの一曲です。
DNA狂詩曲と、Amaranthusリリース以降は勝手に君にの二曲は、陸上の試合会場に向かう電車の中で必ず聴いていました。
ももクロちゃんから直々に背中を押してもらえて、ももクロちゃんが寄り添ってくれて、元気や勇気が湧かないわけがないんですわ。
頑張りたい、力が欲しい、そんな時はこれくらい押せ押せな曲が結局一番の原動力になってくれるんですよ。

でも不思議なことにただ熱いだけでもなく、挫折することに肯定的だったり、人生への示唆に富んでいたりするので聴いていてうんざりすることがないのがこの曲の魅力だと思います。
冒頭の歌詞は、挫折することが血肉になると、その意味を認めてくれているし
それ以降もわたしたちに
「人生は死ぬまでのY字路(=選択の連続)で、人間は信じることだけでは満たされない(自分の信じた道を選択することでしか満たされない)」
ということを教えてくれています。
多分DNA狂詩曲で一番伝えたいメッセージは
「挫折するな」ではなく、
「挫折してもいいけど、その後腐らずに立ち上がれ」だと思うんです。
失敗そのものではなく、失敗を恐れて尻込みする姿勢を改めよ、ということです。
挫けそうなイベントを何度経験しても笑顔や前のめりの姿勢を絶やさないももクロちゃんだから説得力のあるメッセージだと思います。

灰とダイヤモンド

霧が晴れた向こう側 綺麗事だけじゃなかった

これヒャダイン作詞ってマ???

ももクロの曲って楽しい曲もあれば、戦闘モードな曲もあって、湿度高めのバラードもあって、多分界隈の外にいる人が思っている以上にバラエティに富んだ曲たちだと思ってます。
しかし、結成15周年を迎えてもなお、どの曲とも全く違う異彩を放つ曲が1曲だけあります。この曲です。
結構思想強めだったり、宗教色を帯びた曲なら他にもいくつかありますが、そのどれも他の要素で思想がマスキングされていて、ここまで宗教的に仕上がっている曲は他にないと思います。
「生きる」ことに対する考え方を、生きることの悲哀を、他の要素で一切誤魔化さないで剥き出しにしているこの曲は紛れもなくももクロの中でも唯一無二の存在です。

正直に言うと、歌詞の全てを飲み込んで解釈する境地には、モノノフになって9年経とうしていますが未だ達していません。
この曲に対する解釈はもっと自分の中に哀しみを溜め込まないと完成しないんだろうなと思っています。
ただ、22年の人生で起こった嫌なことを思い出しながらこの曲を聴いて、
自分が何者で、生を受けた意味を真剣に考えたり、
前に進もうともがいていても一向に前進を感じられず絶望したり、
周りの人が持つ主張の強さに飲み込まれてしまったり、

そんな経験が思い出されて、やっぱりこれが人生なんだよなと感じます。
そして、そんな「綺麗事だけじゃない」世界で、色々なものに負けずに命燃やし尽くす決意が謳われている、というのが今の自分の解釈です。
曲名「灰とダイヤモンド」って一体どういう意味なんでしょうね。
そう思ってぼんやりと調べていると、同じ名前の映画や楽曲に出会いました。
ソ連戦を描いた映画「灰とダイヤモンド」のタイトルについて、ネットの民が
「街を灰にするまで破壊しても、ダイヤモンドのような価値のある平和を得られれば本望だ、というポーランドの詩を引用している」
と解釈しているのを見つけました。

もしかしたら、心が破壊されるような出来事の後でも決して砕けぬ価値を得るために戦う、という意味があったりするのかも。知らんけど。

この曲、最後のサビの前の間奏聴くと、絶対に鳥肌が立つんですよね。
これが本物の「感動」なんだと思ってます。
もはやその感動体験のためにこの曲を聴いてるまであります。
間奏を聴いていると自分の中で
暗闇に光が溢れ、一本の小さな樹が大樹へと成長していく
そんなビジョンが思い浮かばれるんです。
もしかしたら、間奏とそれに続いて畳み掛けるような最後のサビに「創造」を見出しているのかもしれません。

今宵、ライブの下で

「ここにいるよ、ずっとここにいる」

TLを眺めていて、白い風の次に人気があると感じるのが今宵です。
白い風、空カー、今宵が3大ももクロ冬曲だと勝手に思っています。
他の二者と比べた時の今宵の特異点を考えたのですが、
「明確にテンションがピークに達するポイントがなく、穏やかだけど印象が強い」ことだと思います。
白い風は明確にクライマックスがあって、そこに向けてボルテージを上げようとしている感じがメロディ、歌詞、そしてパート分けから感じ取れます。
空カーも白い風ほどではなくても、最後の夏菜子ちゃんの長いソロパートや歌詞の独特の言い回しなど、強烈なインパクトがあります。
今宵って、確かに冒頭の夏菜子ちゃんの歌詞は儚げで印象的ですが、それ以外ってアドレナリンのスパイクが起こるようなこともなく、歌詞も王道な言い回しで、それでも冬曲として絶対的な人気を誇っています。
ただ、それこそが多くのモノノフが求めていたものなんじゃないでしょうか。
湧き上がる脳内麻薬もパルプンテもいいけど、「平穏の中にあるロマンス」が一番心が温かくなって、安心感が得られるんじゃないでしょうか。
極地的に強火よりもトロ火でも長く、の方がほっこりするじゃないですか。
ずっと湿度高めの歌詞や重めの感情・愛を受けていると疲れてくるので、こういうふうに穏やかに冬のロマンスを楽しんで、可愛い4人を愛でるという営みもきっとモノノフには必要なんですよ。

ちなみにどうでもいい話ですが、久々に会う、恋してるわけじゃないけどそこそこ大きめ重めの感情を抱いている異性の友達に会う直前にこの曲を聴くと情緒がバグります。なんかハイになって多幸感に包まれます。
ある意味では劇薬ですが、こんな時にぜひお試しあれ。

勝手に君に

世界一切ない祈りは名前だ 君の

アマランサスの最推し曲です。
モノノフになって間もない時期にリリースされたアマランサスの中に収録されていて、しかも片想いのピークオブピークにいたらっくすとーん少年にこの曲は「走れ!」や「白い風」同様、それはそれはぶっ刺さったものです。
「勝手に君に」エールをかけて、想いを託してるっていうのがいいですよね。より青春の切なさを演出してるというか。
恋するオタクにとっては申し分ない栄養になる、「至高の青春」を歌った曲だと思います。

冒頭の歌詞がね、わたしは大好きなんですよ。
ももクロの好きな歌詞を数えれば5本指の中に絶対に入ります。
マジで考えた人天才か???
「世界一短い呪文」であり「世界一切ない祈り」である「君の名前」を確かにどれほど口ずさんだことか。
イタい思春期の真っ盛りでも、変に錆び付いて大人になった後も「大切な人の名前を口にする」ことの暗示力の強さは本当に絶大です。
これとセットで推していきたいのが、キミノアトの
「叫び続けたその名前 これから誰が呼ぶの」
「呪文」であり「祈り」だった、それも自分だけのものと信じてやまなかった「君の名前」をこれから別の誰かが呼ぶことを考えるのがどれほど辛いか。
「勝手に君に」の解釈を勝手にキミノアトに持ち込むと、この曲の悲壮感が倍プッシュで伝わってくると思います。
曲全体として「勝手に君に想いを託して、それゆえお互い頑張りたい。僕は負けない。」という真っ直ぐな想いが綴られています。
もう社会人の年齢(まだ学生なんですけど)にもなると、こんな甘酸っぱい気持ちはどんどん薄れていくもので、なんだか今からノスタルジーすら感じてます。

メロディも程よく元気を貰える感じが良いですよね。
闘争心で満ち溢れている時はコントラとかを聴いてアドレナリンを全身で感じていたいですが、どうしてもそういう疾走感ー!!って感じの曲が疲れちゃう時もあります。
それでも頑張る元気が欲しい!そんな時に勝手に君にとか一味同心くらいの熱量の曲が程良かったりするものです。

勝手に君に、といえば、随分前からYouTubeに転がってる2016桃神祭の勝手に君にの映像が素晴らしいので、その映像の命永らえる限り是非見てもらいたいです。
ダンス可愛すぎかよってなります。

マホロバケーション

キミがくれたヒカリのバトン

We are bornと対になる曲として白金の夜明けに収録されたのが、このマホロバケーションです。
前者がとにかく激しめテーマ重めな分、マホロバケーションはまさに「極楽天国」といった空気感のとても楽しい曲とMVになってて見ててほっこりします。
それでいて、AMARANTHUS/白金の夜明けの持つ死生観の深さは損なわないでいるのがとても秀逸だなぁと思います。
AMARANTHUSが「自分の人生」に主眼を置いていた分、白金の夜明けの目玉とも言えるこの曲が
「死んだあとの世界=天国ってどんなとこなんだろう?」
という誰しもが持つ疑問に対する答えを考えたり
「自分の人生の遺志を、現世に遺った人たちへつなぐ」というテーマに基づいていたり、
「自分とは認識できない他の誰か(死後の自分も自分とは認識できない)」に主眼を置いていると言えます。

特に「遺志を繋ぐ」というテーマ性に関してわたしはとても感銘を受けました。
それを「ヒカリのバトン」と表現しているのも個人的に好きです。
誰かが持った強い意志や願いを受け継ぎ、またその意志が次の時代へと受け継がれていく、
この受け継がれる意志の流れと、時代を経ることによる人間の進歩・成長の両方が合わさって、新しい時代・世界は創られていくんだと思います。
わたしの中高時代の部活の先輩が、引退する時にこんな言葉を遺していきました。
「先輩を超えていくことが後輩の役目」
わたしはこの意志をいつまでも受け継いで大事にしていきたい。
上の世代よりも下の世代の方が強く賢く優しくなって、それで初めて世界が進化するんだとわたしは信じています。
物質的にはほぼ最高到達点が見えてきた現代社会において、さらなる成長を望むなら「超克の精神」だけは絶対に欠かしてはならない。
自分が新世界を創る一助になれたらいいと切に願うと同時に、未来を生きる世代にこの意志を受け継いでいきたいと強く思うわけです。

YouTubeには短縮版のMVしか公式のものはないですが、この時代のももクロの最大出力の可愛さが詰まっていると思います。

にーるゔぁーなーっ!!可愛い

最近は「大人っぽい表情」と称した真顔や悲しそうな顔、少し落ち着きのある微笑みを見ることが多い分、たまにこうやって目を細くしてニコニコ笑ってる様子を見るとある意味安心するんですよね(誰目線)。

DECORATION

君と共に分かち合える 奇跡を抱きしめて今私は

わたしはこの曲は和製Beat Itだと勝手にMVから解釈しています。
実際に見比べてもらったら分かると思うんですが、本家Beat ItのMVはヤ〇ザグループが抗争に赴く場面から始まり、ある一箇所で衝突してあわや血みどろの大乱闘…というところにマイケルが割って入る、という構成のものです。
ね?割とそれっぽいでしょ?()
こっちのMVは、Beat Itほどダークな感じはさすがにないですが、5人のメンバーが率いてるイロモノグループが最後には一堂に会してダンスをする流れはそっくりです。
なんとなく曲のノリもそれっぽいですしね。
唯一歌詞だけが真逆なんですよね。
Beat Itは「とりあえず逃げんかい。死にたくないだろ」みたいな「逃げの姿勢」を貫いていて、
ももクロのDECORATIONは「お利口さんや弱気な自分からの脱却」「虚飾の世界からの脱出」を歌っていて、どちらかというと「攻めの姿勢」だと思います。

本当に個人的な好みの話なんですけど、2016年のももクロのビジュアルが本当に大好きなんですよ。
パステルカラーに包まれたももクロも悪くないですし、最近のあまり色を全面に押し出さない大人ももクロもかっこいいなぁって思います。コンセプトに寄せた色使いも好きです。が、
やっぱりももクロの雰囲気として見ていてある意味安心感があるのは、弾けんばかりの極彩色を纏った5人ないし4人なんですよね。
だからほらあれですよ、今回のツアーで白いドレスをパージした後に出てきた衣装なんかはもう好みのドストライクです。
そして、その「極彩色なももクロ」の極致が2016年のももクロであり、DECORATIONのMVだと思います。
個人的にこの年は色々悪いことが重なり、まさに踏んだり蹴ったりの1年でした。
この年に起こった出来事で思い出したくもないことは山のようにありますが、この年のももクロの唯一のシングルであるゴルヒスとそのカップリング、DECORATIONとHanabi、伸ルカ反ルカはどれも好きな曲ばかりで、これだけは思いを馳せてもいいかななんて思います。

笑一笑〜シャオイーシャオ!〜

優しいひとに包まれ しあわせでねって願うよ

10周年を目前に4人になってしまったももクロ。そんな彼女たちの再始動の曲が笑一笑でした。
本当に正直な話をしますと、この曲がリリースされた当時はこの曲の持っている温かさや深さに気づけませんでした。
元々、前年の夏頃から某ハロプログループに目移りするようになっていたことに加えて、杏果の脱退は自分にとってあまりにも衝撃でした。
杏果推しではなかったですが、ももクロを追いかける気持ちにこのタイミングで自分でも誤魔化せないヒビが入ったことは間違いありません。
なかなか気持ちが切り替わらず、次のMVが来たと思いきや、最初に出てきたのは嘘MV(本物のMVが公開されたのは4月2日で、その前日、すなわちエイプリルフールに多分笑一笑の歌詞を中国語にした嘘MVが公開されました)で、そこで心をもう1回折られ…
そこからおよそ1年7ヶ月、モノノフとしてのらっくすとーんは冬眠に入りました(ここからモノノフとして再起するお話はPart1のステゴの項を参考あれ☆)
一度折れてしまうと、そこから気持ちを立て直して新しいももクロに向き合うには、単に追い続けるよりもさらに莫大なエネルギー、強烈なモチベーションが必要です。
2018年、2019年のわたしにはどうしてもそれが捻出できなかった。
高校の部活は引退を目前にクライマックスで、それを乗り越えれば大学受験という更なる正念場が待ち構え、それを終えてもなお、宮崎という新天地で0から人間関係を構築して生活の基盤を作る必要があり…
言い方が多方面に相当失礼になることを分かった上で敢えて言うならば、
そんなに他にエネルギーを割かなきゃいけない状況において、どんどん先へ進むももクロを追いかけるより、コンテンツとして既に時が止まっているBerryz工房をなんとなく見ている方が自分としては楽だったんです。

…話が盛大に脱線してしまいました。
とにかくそんなこんなで、この曲の持つ温かさ、悲嘆に暮れるモノノフをこの曲がどれほど救ったかを当時は分かりませんでした。
しかし、時が経って再びモノノフとしてこの曲を聴くと、この曲の温かさが身に沁みて分かるようになってきました。
MVの映像は、他のものに比べると奇抜さというよりは穏やかさ、ほのぼのとした雰囲気を全面に押し出しているハートフルなものです。
でもそのハートフルな雰囲気の中で4人が笑顔で映っていることが何よりも重要なんだとわたしは考えています。
モノノフにとって、そしてそれ以上にメンバーにとってもあまりに深すぎる悲しみに負けずに笑顔を届ける、という優しいけどとても力強いメッセージ性を感じます。
歌詞も、
「信じるものがわかった ずっと離さないでいたい」etc…→モノノフに向けた意志表明、モノノフとの絆を示している
「優しいひとに包まれ しあわせでねって願うよ」→杏果へのエール
という解釈ができます。

しかしまあ、杏果脱退の後の笑一笑リリース→桃響導夢の流れって、本当にももクロの「優しい強さ」がめちゃくちゃ現れてますよね。
大切なものを失った後で、それでもまだ残っている大切なものを大事にしようという気持ちを自分たちで起こせるってすごいことですよ。
どれだけポジティブでも、それがひとりでにはできないことの方が圧倒的に多いです。
例えば、ルフィはエース亡き後それが自分ではできず、ジンベエにシバかれてようやく「まだ残っている大切なもの」に気づきましたからね。

今思うと本当にあの時のももクロを取り巻く状況って、頂上戦争の時のルフィのそれなんですよね

モノノフでない人たちからすると、怪盗少女みたいな奇抜さがももクロのアイデンティティなんだと思います。
勿論それもアイデンティティではあるんですが、モノノフとの絆を糧に成長を続ける「優しい強さ」がそれ以上にオタクが胸を張って主張したい、ももクロの「個性」ではないでしょうか。

クローバーとダイヤモンド

月日をかけて見つけたんだ これは誰にも渡さない

10周年を記念する曲のひとつとして相応しく、
「過去を大事に、それでも目線は未来へ」という10周年までもそれ以降も変わらぬ価値観と、
「しっとりもお祭り騒ぎもどっちもお手の物」という10年間で培われたエンターテイナーとしての力の両方が見れる、一粒で二度美味しい作りになっています。
最初聞いた時は、曲の最後の方にはサムネみたいなカーニバルになることはとても想像がつかなかったですが、序盤の湿度高めの曲調からの移行がすごく自然ですげぇや…ってなりました。

歌詞の第一印象としては…
「最初の歌詞あまりにもネガティブすぎんか?!」
という感じでした。
「冬を超えれば芽がでるのか」
「辛いことばかり」
「今までの涙苦労は誰と何のため」
こんな絶望が見え隠れする暗い言葉が4人の口から出てくるのを見たのは後にも先にもこれだけかもしれません。
本当に杏果の脱退が4人には相当堪えてたんだろうなと思います。
それだけじゃなくて、やっぱり国立以降紅白落選みたいなこともあったりして、どうしても雪原に迷い込んでしまった感はももクロちゃんもモノノフも感じていたと思います。
個人的には「下り坂」「雪原」とは絶対に認めませんけどね。いつだってももクロは今が一番なんですよ。
人気なだけで寄ってきて少し落ち着いてきたらすぐ離れていくミーハーよりも、どんなに落ち目に見えても変わらずに推し続ける人たちだけ大事にすればいいし、そういうselectionの時期だったんじゃないですかね。

のび太くんもこう言ってるし。

10年という長い時の中で、辛いことをたくさん経経して、自分たちの大事にするべきものをももクロの4人が見つけてくれて、それを「離さない」と意思表示してくれたことがとても嬉しいです。
クロダイといえば15周年記念ライブでも披露され、その時のあーりんの
「声を聞かせてよ」
にありったけの感情が込もっていたことが記憶に新しいです。
コロナ禍で声を出せない3年間を経てようやくモノノフの声に触れられることを喜んでくれるあーりんを見て、こちらまで嬉しくなります。
それと同時に10周年から15周年に至るまでにも、「辛いこと」はあったし、「信じるもの」は決して不変ではなかったけど、それでも今信じてくれているモノノフを大事にしてくれているように見えました。

なんとなく最低な日々

なんとなく最低な日々 それでも光を探している

ドラマ『僕の大好きな妻!』のエンディングテーマです。
このドラマ、個人的にはとてつもなくブッ刺さるものでした。
夏菜子ちゃんが演じる知花は物語冒頭、発達障がいであると診断されます。
そこから、その「発達障がい」というテーマを軸にして、知花や夫・悟の周りの人間関係が描かれていくというストーリーに、わたしはとても共感できるものがありました。

あんまりこんな場でカミングアウトするようなもんでもないですが、
わたしは幼い頃、言語の発達の遅れから発達障がいを疑われ、通常の学級でなく療育を受けるかもしれなかったという過去があります。
この「疑い」は決して的外れなものではなかったと思います。
やはり言葉を使って人間関係を築くことはわたしにとってとても不得手なことで、それゆえ小学生の頃はいじめを受けたこともありました。
今も言葉を間違えたり、普通の人が読める空気が読めなかったりするせいで諍いをたまに起こします。
だから、知花を見ていると、本当の意味で自分のことのように思われ、それに共感するあまり胸が苦しくなることだってあります。
わたしも知花と同じように日々全てのことに必死に取り組んでいます。
でも、それが空回りになったり要領が悪かったりして、うまく結果につながらない様子を見ていると
「うわああああああああそうなんだよねえええええええええわかるよおおおおおおおおおおおお」
ってなります。

そして共感できるのは知花だけじゃないんです。
例えば、知花の対極の位置にいた、アパレル店員の女性の青木さん。
知花(≒夏菜子ちゃん)にあまりにも冷たく接するものだから、モノノフにしてみればとても憎たらしく見えるのがある意味では正常だと思うんですが、
例えば同僚に熱意と業務内容があまりにも乖離している人がいて、店長がその人に対して謎の贔屓をしているとしたら、やっぱり人間である以上イライラしませんか?
出来高制ならまだしも給与がその人と自分で差がないとすればその思いはなお強くなるでしょう。
だから、青木さんの心情もなんというか、めちゃくちゃ分かるし、自分のことじゃないのに「そうだよね…ごめんね…」って気分になります。

…あれなんの話だっけこれ。
熱くなってしまいましたが、そうですよ、本題はドラマじゃなくて曲ですよ、曲。
自分にとってCBT前にささやか、いやかなり盛大に感情の潤いを与えてくれたドラマのテーマ曲に「なんとなく最低な日々」とは秀逸じゃないですか。
ドラマの穏やかな雰囲気にあった曲調、
「なんとなく〇〇した」といった日常の動きに入り込んだ歌詞、
そしてそれら全てを「なんとなく最低な日々」としてまとめることって一体どんな意味を持っているんでしょうね。
そうやってなんとなくの日常動作の積み重ねで穏やかに日常を過ごしてはいるものの、歯車の噛み合わなさや人の間で起こる摩擦を常に感じていて、
そういう類のしんどさって、露骨に分かる辛い状況よりもある意味「最低」だと思うんです。
そして、その状況から脱却するために、どこか調和を取れるポイントを見つけ出そうとしたり、自分を変えることができるなら…と模索したり、そのようにして「光を探す」わけです。
どうすればいいか分からない時もありますけど、それでもなんらかの形で帰着点を探すんです。
日常では、普段のももクロの曲で描かれるような派手な場面は圧倒的に少ないです。
むしろ日常とは、この曲で描かれるような小さな幸せと小さな地獄と、そして小さな葛藤の集積でほとんど構成されています。

そんな日常についての示唆に富んだ曲なんだろうな、とオタクは勝手に考えるわけです。

Majoram Therapie

気を許したら戻れない

はっきり言いましょう。この曲はMVを見て可愛いももクロちゃんを愛でる曲です。
上記の灰ダイみたいなテーマ性の強い曲でもなければ、クロダイみたいなももクロという存在にびっちり根差して感動を呼ぶ曲でもありません。
でもそれがいいんです。そんな重厚な曲ばかりじゃ息が詰まりますし。
とにかく、ももクロという存在を視覚と音楽性で捉えて、ひたすら尊さを感じるのがこのMajoram Therapieです。
マジョテラの御伽噺のような雰囲気がやっぱり好きなんですよ。
デルトラクエストを何度も読み、ハリポタの世界観にどっぷり浸かった人間には、同じようなものが感じられてたまらんのです。

ここからはマジョテラの尊いと思った場面をひたすら語っていくパートです。

っぱこれよ。

まあサムネにしてるってそういうことですよね。1番好きです。
(ちなみにYouTube上で「最も多くリプレイされた場面」もここでした)
こういう4人がアップで同時に映る画に弱いんです。
他の色んなものを見ても思いますけど、当時26歳でぶりっ子が極めてナチュラルに受け入れられるあーりんのポテンシャル半端ないわ。

躍動感よ。

比較的可愛いに振っているMVの中で一瞬垣間見えた、かっこいいしおりん。
かっこいいも可愛いも、全部最強クラスでお手のものな玉井詩織さん、マジでわたしが自慢に思う宇宙最強の推しです。

また躍動感

巷で「ゴールドエクスペリエンスレクイエム」と呼ばれていた場面です。
ジョジョ分からないんでイマイチ乗り切れなかったんですけどもね。
このしおりんの場面をはじめ、鏡に写し身になっている映像も御伽噺感あってよかったですね。

貴重なしおりんのウヒョ顔
もう美しいしか言葉が出てこない。

満月に照らされたステンドグラスをバックに映る4人の姿、とても神聖で、初めて見た時にはその美麗さに息を呑みました。
「満悦」と「満月」をかけて、世界観とマッチした歌詞と映像に昇華されているのがあまりにも秀逸すぎます。

ここでも佐々木プロ炸裂

おそらく敬虔なプニノフをはじめ、多くのモノノフがリピートしまくったであろう画ですね。
マジでこの「まん!えつ!のっ!」が可愛いすぎるんですわ。

こんな次元の裂け目なら軽率に開きたい
やっぱり振り付けはちょっとコミカルな方がいいんですわ

このよく分からん振り付けがももクロらしさの一部みたいなところありますし、よく考えたらこういうところに沼ってモノノフになったんでした。
可愛いし(火の玉ストレートの本音)。
後ろに控えるりんりんもまた味を出してますね。
もはや三幻神の風格というか。
え、れにちゃん?あの人はホルアクティなんじゃないですかね。

ね?マジョテラ見たくなってきたでしょ。
ほならね、こんなクソ長い記事読むのなんかやめて、リンク貼ってるのでマジョテラのMV見て、良い子の皆さんはさっさと寝ましょう。
(マジで余談なんですけど、この雰囲気のCG見覚えあるなと思ったらあれですわ、ネプリーグのファイブツアーズっぽいんですわ)

ヒカリミチ

伝えきれない 「ありがとう」以上の言葉があればいいのに

今まで語ってきたことの全てをひっくり返す発言になるかもしれませんが、わたしって言うほどバラード好きじゃないんですよ。
ももクロ以外で聞く曲は総じてエネルギッシュなものが多くて、湿度高めの曲はそんなに好んで聴くクチじゃないんです。
それでもこの「ヒカリミチ」が至極たる訳は、やはり「いちごいちえ」との対比が美しいということと、夏菜子ちゃん・しおりん・あーりん・れにちゃんが自分の言葉で歩んだ道を振り返って感謝の言葉を紡いでることだと思います。
内容以上に本人たちの心からの言葉だという要素だけで熱くなれるのがオタクなのです。

代々木無限大記念日で突然お出しされて、情報を聴いた時はめちゃくちゃ腰抜かしました。
まぁ15周年当日、何かあるかなとソワソワしてはいたのですが、まさかいちごいちえと対を成す曲が登場するとは…。
1日目には全くこの曲の情報が出ないことに、オタクの強固な団結力も感じました。

しかしまぁ、「ありがとう以上の言葉があればいいのに」って本当にこちらの台詞なんですよね。
あの日代々木にいた全てのモノノフ、代々木にはいなかったけど見守ってきた全てのモノノフがももクロによって心を救われ、あるいは明日への励みになってきたでしょう。
それに対する感謝の気持ちは、言葉で表す以上のクソデカ感情なのですが、残念ながら日本語ではそのあまりにも大きすぎる感情は「ありがとう」という淡白な言葉でしか言い表せないのが自分でも悔しいです。
その悔しさが多分ももクロの4人の中にもあって、その悔しさが逆説的に感謝の大きさを物語っています。
しおりんの
「進む道暗闇に紛れた時は いつも導いてくれたよね 君が照らす光」
という歌詞もビビっときました。
夏菜子ちゃんがあの日国立で語った
「目の前が真っ暗になった時は…」
のくだりのセルフオマージュに感動を禁じえませんでした。
ももクロの4人はもちろんそう思ってくれてるんでしょうが、それはモノノフも一緒なのです。
わたしたちは、たとえ目の前が暗くなったときでも何度ももクロに救われてきたか…
お互いに同じようなクソデカ感情を抱き合うももクロとモノノフの関係、この関係性ほど尊いものはないのでこれからも永遠に続いてほしいものです。

MONONOFU NIPPON feat. 布袋寅泰

闘うとか正直めんどくない?でもなめられんのはもっとめんどいわ!

なんか久しぶりにこういうタイプの曲きましたね。ヒャダイン節全開の曲が。
初お披露目がまさに神戸のライブで、わたしだけでなくその場のノフ全員
はにゃ( )?
って感じだったと思います。
そして聞いた時は皆、あのインパクト激強の「にっぽんぽぽんぽんぽんぽにっぽん」4連発しか頭に残んなかったと思います。
書いててゲシュタルト崩壊しそうだわ、このフレーズ。

なので音源がリリースされてからまたもう1回聴き直す訳なんですが、歌詞が意外と味わい深い。
なんか怪盗少女とかココ☆ナツと同類のフリをしているけど、それを隠れ蓑にしっかりファイティングポーズをとっている感じで、歌っている側も聴いている側も奮起できる歌詞というか。
それが特に顕著に出ているのがBメロのラップですね。
闘うとか正直めんどくない?でもなめられんのはもっとめんどいわ!」
「Hello, We are J-POP Idols. Idol means Warrior!!」
「差別も区別もなんからなんまでぶっ壊して 勝鬨を上げろ
MOMOCLO CHAN!!!」
このBメロに書かれていることが、ももクロの歩んだ15年をある意味象徴していると思います。
アイドル戦国時代の路肩を全力で走っていると呼ばれた在りし頃から今に至るまで、それまでの「アイドル」の概念をぶっ壊すが如く幾多の壁に挑み、そしてそれを乗り越えるたびに我々に新しいものを見せてくれたももクロらしさをとても感じます。

たまに、昔のももクロが好きだった人が
「俺の好きだったももクロはもういないんだよね(ドヤ」
みたいなことをXでぼやいていますが、そんな人にこの曲を聴いてほしい。
大事なことは、ももクロの「魂」は15年間何一つ変わらずここまで来ている。
この前のめりの極致みたいな体勢をとって、いつだってエネルギーに溢れて、新たなステージに何も物怖じせずにカチコミをかましていく、そんなわたしの好きなももクロはここまで何も変わってないですし、この曲を聴けばそれが多くの人に分かってもらえるかなと思います。

わたしは結構歌詞に偏重して曲に浸る人間ですが、この曲はメロディもももクロ愛に溢れているなあと思います。
この曲について、例の京橋の場末バーで色んな話を聞きました。
サビのメロディが「カントリー・ローズ」に似ていると言っている人がいました。
わたしもそれに賛成ですし、ある意味「愛を継ぐもの」っぽさもあるなあなんて思います。
そして曲のコンセプトとロックな感じから「夢の浮世に咲いてみな」を彷彿とさせたりもします。
そして歌詞では怪盗少女のオマージュ。
まるで万華鏡を覗いているかのように、聴いていると色んな曲のことがふっと脳裏に浮かぶ仕組みになっていて素敵だなと感じます。やっぱヒャダインしか勝たんわ。

思うんですけど、ももクロ→モノノフという矢印がはっきり歌われている曲って実は珍しくないですか。
ふんわりそんな感じの曲があっても、明確に「誰に」の対象がモノノフというのは珍しく感じられて、それが嬉しいなとも思います。

誓い未来

新たなストーリー 君と描く未来へ

いちごいとえとヒカリミチの二部作だと思ったら、まさかの三部作だったとは…
2年も続いたディアルガ対パルキアという神々の争いに、創造神たるアルセウスが割って入ってきた時のびっくり感と同じものを感じています(世代)。

やっぱり、前を向いているももクロが一番好きなんだと改めて実感させられる一曲です。
この明るさと優しさを以てして、湿っぽい雰囲気になるよりも希望の光で満ちた雰囲気の方がいいなって。
でもただ単に前を向いて猪突猛進…というわけじゃなくて、過去をも蔑ろにせずに未来に向かう糧にしているのが、ももクロが持っているベストバランスなんです。

ゆずの北川悠二さんが作詞作曲しているのがこの「誓い未来」ですが、「栄光の架け橋」や「友〜旅立ちの時〜」といったメジャーな曲しか分からないわたしでも、ゆずっぽいなあと思えるくらいめっちゃゆずだと思います。
でもその「ゆずらしさ」とももクロの親和性が高いこと高いこと。
歌詞もメロディーも、変に捻ったり擦られたりしてない真っ直ぐなもので、個人的にはそれが結局至高なんだと思います。
アイドル戦国時代の路肩を走ってようが、発信しているもの自体は極めてシンプルで真っ直ぐだからこそ、多くの人が長い間情熱の炎を燃やす対象になれるんだと思います。
どうしても目立つものやピーキーなものがもてはやされがちですが、それって実は一瞬の煌めきな割に半永久的により大きなエネルギーを必要とする、言ってみれば「極めてコスパの悪い」やり方だと思ってます。
最後まで生き残るのは、軸が「王道」なものであってほしい。

個人的に刺さる歌詞は、上記のものと、1番の彩高の
「傷ついてもう無理だ 歩けない何も信じたくない
両手で耳塞いだ 一人きりの夜」
です。
前者の歌詞は夏菜子ちゃんが歌うことによって余計にぶっ刺さり度が増している気がします。夏菜子ちゃんに導かれている感というか。
まあ単にこのパートの夏菜子ちゃんの歌い方が好きってのが一番の理由ですが。
そして、後者の歌詞ですよ。
この歌詞が彩高に振られていることによって、まあ色々考えさせられますよね。
よっぽどここ数年言われてきたことが堪えていたんだろうなって。
そして極めて個人的な話ですが、この歌詞にまさにわたしの2023年が詰め込まれています。
色んな人からやりたい放題言われたい放題されて、一時期は本当に誇張抜きで気が狂うかと思いましたよ。
わたしはその度に弱音をたくさん吐いてきたし、たくさん表情を歪ませてきました。
でも、ももクロの4人は悲しみに直面しても笑顔を忘れないでいれる、本当に尊敬しかないし、やっぱりわたしの希望の象徴なわけです。

【余談①】AMARANTHUS/白金の夜明けを語りたい

Part1と合わせ、ここまでお読みになってくださった皆さんには薄々わたしの好きな曲の傾向が分かられているのかなあと思います。
その「傾向」のひとつとして、好きな曲が比較的AMARANTHUS/白金の夜明けの収録曲やその周辺でリリースされた曲に集中しているというのがあります。自覚もあります。

このアルバムがリリースされた2016年2月というのは、わたしがモノノフになってちょうど1年が経とうとするタイミングなんですよ。
ちょうどももクロのことも色々と分かり始め、どんどん沼にのめり込もうとしているタイミングで満を辞してリリースされた曲たちだからこその思い入れは格別です。
仏桑花やバイなら、桃源郷といったハイコンセプトな曲は高1のクソガキにはあまり理解が追いつかなかったものですが、理解が追いつくものはとにかく当時聴きまくってました。
勝手に君にとか、片想い中の自分にはドストライクなんですよ。
あと、アルバムの画像のビジュアルも好きなんですよね。特にアマランサス。

この画像だけで懐かしさが蘇るチョロオタです

音楽隊風の衣装と、骸骨を模したフェイスタトゥー(風メイク)という強烈なビジュアルが世界観をさらに引き立てて、そこに惹かれました。
あと、皮肉な話ではありますが、この世界観にさらに深みを持たせたのが、当時のももクロが置かれた状況だったと思います。
これまで、アイドル戦国時代の最中でも異彩を放ち、あのAKB48を差し置いて女性アーティスト初の国立ライブという快挙を成し遂げたももクロに初めて明確に訪れた挫折。
しかし挫折したとて未来へ歩みを進めなければいけないという状況において、死や絶望をテーマにした曲の多いこのアルバムは、ももクロが自分たちらしくあるための必然の通過点とも言えるかもしれません。
とにかく、こんな理由でAMARANTHUS/白金の夜明けは自分にとって、とてもメモリアルなアルバムです。

【余談②】忘れられない曲って、あるよね

まあ、言わんとしていることは先の余談とあんまり変わりません。
人間の中でも特に人間臭いオタクという人種たるもの、自らのエピソードに結びついたコンテンツにはとかく弱いものです。
きっと読者の皆様にも、この場面のあの曲は忘れられない、という想いは千者千様であるでしょう。

わたしの場合、例えば、ももクリ2022のミライボウルがあります。
世の中本当に「ビギナーズラック」というのが存在するんだなあとしみじみと思いましたが、ライブ初参戦となるわたしは、あろうことか最初のライブで
A5ブロックの5列目(前数列は無効なので、実質2~3列目)
を引き当ててしまいました。
そんな距離感で初めて目の前にした4人の姿はとても眩しくて、言葉にできない美しさと可愛さを内包した存在を前に、最初はただ立ち尽くすことしかできなかったです。
そして、その初めてのライブの最初の曲がミライボウルだったというわけです。
色々理由をこじつけてはいるものの、やっぱりももクロの4人が可愛いと思うから推しているわけであって、その「可愛い」という側面を引き出しているミライボウルが1曲目だったというのもある意味ツイていたかもしれません。

あとは、15周年ツアーでメドレーとして披露された「ももいろパンチ」と「Z伝説」でしょうかね。
Twitter、否、Xでも投稿しましたが、わたしは密かに
「ももいろパンチを現場で生で見る」
ことを夢としていました。2度目のライブでまさか叶うとは…。
そしてそれを上回る衝撃があったのはZ伝説でした。
もはや「ファンファーレは止まらない」の方がデフォルトだった分、「終わりなき革命」の方が「できる」ようになったことに感動を覚えました。
これも含め、15周年を迎えたことを皮切りに、杏果のいた歴史が5年の時を経て息を吹き返し始め、「雪解け」に感慨深い思いでいます。


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