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ボロ雑巾な伯爵夫人、やっと『家族』を手に入れました。〜世間知らずの夢の成就は、屋敷ではなく平民街で〜 第七話

 私が知っている街といえば、王都の他には私の実家があった旧子爵領くらいなものである。

 当主だった両親と次期当主だった弟が纏めて馬車の事故に遭って他界した際に他の方に統治が引き渡されて、今はもう男爵領になっている筈の場所だ。
 あれから少しは様相も変わっているかもしれないけれど、おそらくあののどかな風景は今も健在だろう。

 旧子爵領は、ゆるやかな時間の流れが心地よい、おおらかな気質の領民が多い土地だった。
 それに比べてこの伯爵領は、かの領地と比べて人口が多く活気がある。中でも商店が立ち並ぶこの地域はよそ行きの建物が非常に多く、少なくとも私には、誰もがみな何かに向かって邁進している者特有の輝きに満ちているように見えた。

 そうでなくとも初めての場所・触れた事のない空気なのに、こんな場所。何かと臆病風に吹かれている私には、とてもじゃないが不釣り合いだ。
 ――どうしよう、少し怖い。

「おいお前、何でこれを見てそんな引きつった顔になるんだよ。面倒くせぇな」
「物珍しそうにキョロキョロするのもどうかと思うけど、それはそれで迷惑だからね? まるでボクたちが無理やり連れて来たみたいじゃん」

 言葉に違わず本当に心底面倒そうな顔をしているディーダと、呆れた声でため息を吐いたノイン。二人の言葉にハッとさせられる。
 そうだ。せっかく連れてきてもらったのに、彼らに対してこんな風に思うだなんて失礼だ。
 
 それに、ここは別に自ら誰かに友好的な関係を築きに行かなければならない社交場ではないのだ。
 今日の目的はあくまでも買い物。最低限、予定のものを買い今後も訪れるようなお店の場所が覚えられれば、それでいい。

 両手で頬を挟むようにしてペシンと叩き、自身に喝を入れる。少し頬がヒリヒリするが、少し気が引き締まったような気がした。

 うん、大丈夫。そう自答する私の一人相撲を傍から見ていたディーダが、フンッと鼻を鳴らす。

「いいから行くぞ」

 ぶっきらぼうな声で背中越しに私を促し、そのままズンズンと先を歩き出す。
 いつまでも立ち止まっていたら、私なんて置き去りにしてそのまま行ってしまいそうだ。
 彼のすぐ後ろに続いたノインのあとを、遅れないように慌てて小走りで私も追った。

 あちらこちらから「へいらっしゃい」という呼び込みの声が聞こえてくる。
 笑顔が多い。楽しげな話し声や笑い声が耳に賑やかしく、店頭に並ぶ様々な食べ物や品物が目に賑やかしい。
 そのくせあまり一個人に注目する人もいないので、私も思いの外緊張せずに初めての街を歩けている。

「で、何を買うつもりなんだよお前」

 ディーダに横目でそう聞かれ、そういえば具体的に何を買うかはまだ二人に話していなかったと気が付いた。

 色々と買いたいものはある。けれど、あまり一気に買っても持てないし「余計なものばかり」と二人に怒られてしまいそうな気がする。
 初めての買い物だ。優先順位の高いものから、今日は本当に最低限を選ぶ事にしよう。
 さし当たっては……。

「自炊道具と食材と、布が必要なのですが」
「自炊は未だしも、布?」
「布なんて一体何に使うのさ」

 欲しがったものが予想外だったからだろう。ノインも横から会話に加わり、二人ともから一斉に訝しげな表情を向けられる事になってしまった。
 私の言動で呆れるような事はあっても、揃って疑問を向けられる事も珍しい。そう思えば、少しだけイタズラ心が擽られた。

「ふふふっ、まだ秘密です」

 そんな事を言ったのには「少し二人を翻弄してみたかったから」という理由が含まれる。が、それだけではない。
 私が布を欲しいのは、もちろん最優先で欲しいからだ。少なくとも私自身は、お金を払ってそれを得る事にきちんと価値を見出している。
 が、彼らには、必ずしもそうではないかもしれない。
 もし今言って「必要ない」と突っぱねられたら。お店に連れて行ってもらえない可能性がある。これは、そうさせないための実に戦略的な黙秘なのだ。

 まるで見定めるかのように私の顔を覗き込んだ二人が、数秒後。おそらく秘密の答えを見いだせなかったのだろう。仕方がなくといった感じで、それぞれに諦め交じりのため息を吐く。

「何だか企み顔だけど」
「何でもいいけど、妙な事は絶対するなよ? 恥ずかしいのは、お前を連れてる俺らなんだからな」

 遠回しに案内を了承してくれた彼に感謝を持って頷くと、二人は早々に行くべき店に当たりを付け始める。

「ここから近いのは自炊道具かな」
「まぁそうだな。とはいえ俺らも、場所を知ってるだけで入った事とか一度も無いけど」
「え、何故です?」

 思わず首を傾げて尋ねてしまった。
 彼らが生まれてからずっとこの街の中で生きてきた事は、この一週間の内に既に知っていた。話しぶりを聞いていててっきり「この街で彼らに知らない物などないだろう」くらいに思っていたから、まさかそんな風に言われるとは思っていなかった。

 が、私が抱いた疑問とは裏腹に、彼らの答えは実に単純明快だ。

「食い物が売ってないところだぞ?」
「何でわざわざ、そんな場所に行く必要があると思ってるの」

 あぁそうだった、二人の興味と行動の基準は「生きる事が出来るか否か」。そしてその中心には食がある。というか、彼らの場合、ほぼ食しかない。
 何とも彼ららしい返答に、私は思わず笑ってしまった。

 案内された商店には、食品と鍋や食器などのキッチン用品が綺麗に陳列されていた。

 どこか訝しげな表情の店員が、まるで監視でもするかのようにこちらをチラチラと見ているのが少しだけ居心地が悪い。けれど、簡素ではあるものの色々な商品が並んでいる。

「とりあえず今必要なのは、お鍋と包丁とまな板と食器類でしょうか」

 とりあえず、使えるものであればいい。
 掃除をしながら確認してみたところ、あの家には薪で火を起こせば食材を焼いたり煮たりはできそうな設備が一応あった。
 だからこそ、料理道具が一つもないのは宝の持ち腐れである。

「ったく、道具なんかなくっても、出来上がってる飯を買えばいいだろうが」

 並べられている商品をじっくりと吟味していると、ディーダにそんな事を言われてしまって苦笑する。
 たしかに今までそれで不自由に思ってこなかったのだろうから、彼がそう思うのも仕方がない。けれど。

「出来合いのものは購入後に保存がききませんが、食材であれば多少の買い置きも可能です。自炊ができるようになれば、貴方たちが雨の日に食べ物を入手し損ねてお腹を減らす事も無くなりますし、出来立てホヤホヤの温かいものがいつでも食べられますよ?」

 どれくらいの期間食材が物持ちするのかは、屋敷での生活で厨房に出入りしていたお陰で少しくらいは知っている。
 野菜などは特に、調理済みのものをそのまま貯蔵するより物持ちすることの方が多い。やはり育ち盛りの彼らには、毎日きちんと食べてほしいし――という所まで考えて、私はふと二人にとある疑問が浮上した。

「そういえば、お二人って今おいくつですか?」
「あぁ? 何だよ急に」
「いえ、ふと気になって」

 私は彼らの年を知らない。
 外見から見るに、おそらく十二歳くらいだろうか。もしかしたら、それもあって二人の食事事情が気になるのかもしれない。誰だって、自分の子供を腹ペコのままにしておきたいと思う人はいないだろうし――などと、ちょうど息子・マイゼルを物さしに、そんな予想を密かに立てる。
 すると、些か驚きの答えが返ってきた。

「俺もノインも十四だけど。何でこんな事を知りたがるんだよ」

 ディーダが訝しげな顔で聞き返してきたが、そんな事はどうでもいい。

「えっ二つも年上?!」

 まさかの息子より二つも年上だった二人に、思わず声を上げてしまった。

 この年頃の男の子は、急激に体つきが変わるものだ。特に背なんてグンと伸びる。
 十五歳が成人だから、十四歳といえばもう大人の一歩手前の筈。そんな風に社交界での彼らとの同年代を思い浮かべる。

 その子たちと比べると、二人は随分と痩せているし背が低い。下手をすればマイゼルにも劣るのではないだろうか。
 もちろん個人差があることだろうが、栄養不足のせいであるという事も否定できない。二人が二人ともとなれば、信憑性も高くなる。

「これは、早急に栄養価のあるものを食べさせてあげねばなりません……」

 大きな使命感にかられた私は、強い決意を噛み締めた。

 決意を結果に結びつけるためには、やはり食事は重要だ。まずは手ごろな大鍋を選ぼう。――うん、三人用にしては少し大きいかもしれないけれど、このくらいはたべさせなければ。
 次は食器だけれど、うーん。
 鉄鍋を持ち、食器が並べられているエリアへと歩いていく。するとまた、ディードの呆れ声が聞こえてくる。

「おい、そんなのも買うのかよ」
「えぇもちろん。お鍋でご飯を作っても、食器が無ければ食べられませんから」

 こればっかりは譲れない。二人の食生活改善のために。

 珍しくキッパリと、彼の呆れを跳ねのけた。
 が、次の斜め上の提案に、思わず目を見開いた。

「こんなの買う必要ないだろ。その辺の木を持ってきて彫れば、わりと簡単に作れるし」
「え」

 作るの? 食器を?

 反射的に疑問に思ったが、言われてみれば、たしかに店頭に並んでいるのはどれも木の素材の食器類である。
 一応脇の方にこじんまりと陶磁器や銀食器も置かれていたけれど、値札を見れば結構な高値が付けられている。
 私は過去の経験で勝手に『食器類といえば陶磁器や銀食器』だと思っていたけれど、きっとここでは木の食器が一般的なのだろう。

 よくよく考えてみれば、直接火にかける訳ではないのだから、木の製品で十分だ。
 しかしそれらを作るためには、やる気と木という材料、そしてある程度の作るための技術が必要になってくる。

「買うのか? これを?」
「作れるんですか……?」

 心底不思議そうな顔の彼に、私は思わず眉尻を下げる。
 少なくとも私には作れない。作り方のイメージがイマイチつかない。
 しかし私の不安をよそに、二人は至極平然としていた。

「作れるだろ、コレなら。なぁ?」
「まぁ材料と彫るための道具があれば?」
「あ、そうだった。彫る道具は持ってねぇ」

 キョロキョロと店内を見回したディーダが、探し物を見つけて手を伸ばす。
 手に取ったのは『小刃(木彫り用)』と書かれている商品だ。

「木はその辺に落ちてるだろ。無けりゃぁ最悪、薪割り斧でその辺の木でも叩き折りゃぁいいし」

 薪割り斧は家にある。長い間雨ざらしで少し錆びついてはいたが、まだギリギリ使えるレベルだ。
 そうなれば、たしかにその小刀を買うだけで事足りる。彼が握った二本の刃物分の料金も木製食器を三人分買うよりも安価で、お財布的にかなり優しい。
 これはきっと「俺ら二人でそのくらいなら作ってやる」という意思表示だろう。素直に言わないあたりが、何とも不器用な彼らしい。

 許可もなく作業に巻き込もうとする相棒に、ノインは若干苦笑気味だ。しかし異論ははさまない。それだけで、おそらく嫌という訳ではないのだろうと分かる。

「まぁお前が『その辺から拾ってきたのじゃ嫌だ』ってんなら、そこのヤツを買えば良いけど」
「いえ。ありがとうございます。では、お二人の言葉に甘えさせていただきますね」

 即答すれば、フンッという不愛想な鼻鳴らしが聞こえた。「あっそ」と言いつつそっぽを向いた彼の耳が、ほんの少しだけ赤い。
 私は小さく「ふふっ」と笑い、最後に手頃な包丁を手にした。すると横から伸びてきた手が、鍋と一緒にひったくっていく。

「まな板も要らないだろ、作ればいいし」

 吐き捨てるようにそう言って、彼はズンズンと会計カウンターの方に歩いていく。
 少し照れている背中が可愛らしいな、などと思っていると、カウンターに立っていた店員が彼に何やら疑わしげな目を向けた。
 そういえば、来た時からこの店員はずっと私たちを何かを訝しんでいた。私の中の商売人のイメージは愛想がいいものだったけれど、もしかして平民街では少し違うのだろうか――などと考えていると、ディーダがグリンとこちらを振り返る。

「金!」

 吠えた彼に、一瞬キョトンとしてしまった。が、すぐに言葉の意味を理解する。
 そうだった、いつもは彼らにお財布を預けて買いに行ってもらうけれど、今日は私が持っている。
 慌てて革袋を持っていけば、ディーダから「銀貨2枚と銅貨4枚」と指示があった。
 言われた通りに革袋から相当額を出し、どうにか買い物を済ませる。

 後ろからは、クツクツというノインの笑い声が終始聞こえていた。
 それが果たして照れ隠しにレジに突進していったのに肝心のお金が無くて買えなかったディーダの事を笑ったのか、私の慌てように笑ったのかは定かではない。
 しかしノインはどうやらよほど面白かったらしく、当分の間腹を抱えて笑っていて、店を出た頃に怒ったディーダからお尻をバシッと蹴られていた。

【各話リンク先】
第一話:https://note.com/rich_curlew460/n/n02b3af7df971
第二話:https://note.com/rich_curlew460/n/nc5a6a501aa1c
第三話:https://note.com/rich_curlew460/n/nf657217e33a7
第四話:https://note.com/rich_curlew460/n/n0bcd36a46767
第五話:https://note.com/rich_curlew460/n/n76ef05998ecb
第六話:https://note.com/rich_curlew460/n/n1da0c89af729
第七話:https://note.com/rich_curlew460/n/nd2f55ce8792d(←Now!!)
第八話:https://note.com/rich_curlew460/n/n5b17d5a00e7f


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