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塗料メーカーで働く 第五十二話 釣りに行きませんか

 3月26日(木)午後4時頃 新規事業部 技術部内の来年度の人事異動の発表があった。     

 光ファイバー用樹脂材料開発チーム関連のメンバーでは 技術部 川上課長の東京工場への異動 営業部 北野係長の資材部への異動 実習生 高野さんの生産本部への配属があった。   

 上司の川上課長の異動後のポストは 米村部長の兼任となり 川緑は また1人チームの担当者となった。

 4月10日(金)午後2時頃 実験室で作業をしていた川緑に ケイトウ電機社 内藤次長から電話があった。

 内藤次長は 「その後の共同研究の進捗はどうですか?」と聞いた。

 川緑は 「すみません。懸案の分析装置購入の件で まだ社内の承認が取れてなくて 研究が止まっています。」と答えた。

 次長の社内での立場が気になった川緑は TKM会の進捗が遅れている理由を詳細に説明しなければと思い 「あのう 一度会って お話をしませんか? 飲食店等ではいかかですか?」と切り出した。

 すると 次長は ちょっと考えて 「ああ それなら釣りに行きませんか?」と言った。 

 彼の反応に意外なものを感じたが 子供の頃に 近くの川で釣りを経験していた川緑は 「ええ ぜひ お願いします。」と答えた。

 4月18日(土)午前2時過ぎ 川緑は家を出ると 車で西湘バイパスを西へ向かい国府津で降りて北上し 酒匂川に架かる橋の近くで車を止めた。

 暫くすると 後方から来たタウンエースが川緑の横を通り過ぎて止まり 車から内藤次長が出てきた。 

 川緑は 車を出て 「おはようございます。」と挨拶すると タウンエースに乗り込んだ。

 二人を乗せた車は西へ向かい 南足柄から林道に入り暫く進んだ所で止まると 2人は 車中で明るくなるのを待った。

 午前4時半頃に 内藤次長に促され 川緑は荷物を持って彼の後に続いて谷川へ下った。      

 木々が覆う薄暗い谷川に降り そこから沢を登りはじめ 良さそうなポイントを見つけては 2人は竿を出した。

 午前8時半頃に 2人は明るくなった谷川の川岸に足を止めて朝食をとった。      

 内藤次長は 持参のコッフェルに谷川の水をくみ取りお湯を沸かし 二人分のみそ汁を作った。 

 2人は 近くの岩に腰を下ろし それぞれ持参したおにぎりを食べ 味噌汁を飲んだ。

 木々に囲まれた静寂な空間 谷川の水の音を聞きながらの食事は ほっとさせるものがあった。

 午前11時頃に納竿となり 内藤次長の釣果は山女魚2匹 川緑は山女魚1匹と虹鱒1匹だった。  

 内藤次長は 20年くらい前からここに通っていると言い その間に森林が伐採され 雨が降ると山の土が流されて山女魚の生息数も少なくなったと言った。

 結局 この日 内藤次長から仕事の進捗について聞かれることもなく 川緑も仕事の進捗状況を 伝えることもしなかった。 

 川緑は 仕事の話を切り出すタイミングが分らず そうする気分にもなれなかった。

 それでも 内藤次長は 自分のことを尊重してくれていて 共同研究に期待していると感じた。

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