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【製本のある暮らし】カリグラフィー物語



「県内でカリグラフィーが書ける人を捜していました。」


この一報で私のカリグラフィー人生が始まりました。


今では、カリグラフィーという言葉が浸透して、何のことなのかが解かる人が多くなりました。しかし、私がカリグラフィーを始めた36年前は、カリフラワーと間違えられる事が多く、「カリフラワー作って、どうするん?」と聞かれることがしばしばでした。

私がカリグラフィーを知ったきっかけは、海外の美術館在中の初老紳士のカリグラファーが、ネームカードを書くものでした。
背広にネクタイの正装姿で、作業をする彼がとてもカッコよく見えたのを覚えています。自分もあんな風になりたいと憧れを抱き、教えてくれるところを捜しました。しかし、県内にそんなところはなく、活動している人もなく、諦めていました。

しばらくして雑誌の広告で、カリグラフィー通信講座を目にします。潜在意識はずっと探してくれていたんですね。さっそく申し込みをし、教材を取り寄せ、心を躍らせながらペンを握ったことを思い出します。


当時、まだ10年にも満たない日本カリグラフィー協会を率いておられたのが、小田原先生でした。その協会の通信講座を申し込んだわけですが、発足以来、講座を申し込んだ人数が300人ほどだ、と聞いた覚えがあります。私が始めたのは、そんな時期です。

半年間で、イタリック体、ゴシック体、カッパープレート体を習います。添削を受け、3書体を無事終了しましたが、それ以降のカリキュラムは無いとのこと。通信講座は初級のみで、中級以降は東京の教室に通わなければならず、泣く泣く諦めました。


随分経って、県内のあるバイオリニストからポスターデザインの依頼を受けます。
突然のことで、何が起こっているのか理解できず、よくよく聞いてみると、クラッシック4重奏のコンサート用のポスターに、カリグラフィーがよく似合う。県内でカリグラフィーが書ける人を捜していて、カリグラフィー協会に綴人(本名)さんを紹介された、とのことでした。

この一報が、私のカリグラフィー人生をここまで導いてくれました。

その後、新潟市のカルチャーセンターでカリグラフィー講座が開かれることになり、その講師のお話も頂きました。
こちらも、カルチャーセンターが協会に人の紹介を依頼し、私が推薦されました。

なぜ、私なのか? 他にもっとうまい人がいるだろう?

そんな素朴な疑問に協会は、「新潟で通信講座を受講された方は3名いらっしゃいました。しかし、講座を修了された方は綴人(本名)さんだけです。」

当時は本当にカリグラフィーというものが知られておらず、動画などもちろん無く、そんな中で通信だけでペンの動きを習得するのは難しいことでした。

何度か東京の教室で講座を受け、カルチャースクールの準備をします。
当時東京では、30名ほどの教室で男性は私一人。初級と中級で机を分けられるのですが、中級に入るよう指示される際、他の受講生の視線を浴びます。その度、背中に変な汗をかいたことを今でも鮮明に思い出します。

当時、男性でカリグラフィーをやるのは本当に珍しく、後で知ったのですが、日本のカルチャースクールで男性が教えるのは私が初めてだっのだそう。私を通信講座時代からご指導下さった松井先生に「あなたは貴重な存在です。」と言われたほどです。
私のカリグラファーのイメージは、あの初老紳士なのですが、日本ではどうも勝手が違うようです。


そんなこんなで、カルチャースクールも無事軌道に乗り、結局5年半務めることが出来ました。専業というわけにはいかないので、会社勤めをしながらの講座でした。
苦労もありましたが、良いこともありました。通信講座で習えなかった中級以上のカリキュラムを受けることが出来たことです。それも無料で。というのも、スクール生の強い希望で、中級以上を習いたいという意向を協会に伝えたところ、ならば、ということで特例として私が先行して習い、スクール生に教えるというものでした。


私は製本も同時に行っていたので、思うところがあり後進に後を託し、5年半のカルチャースクールでのカリグラフィーを止めることにしましたが、作品展を中心に現在に至っています。

私が好むカリグラフィーは、日本で言う写経と同じものです。ただひた向きに文字に向き合い、古書体の形の理解を深める。それに尽きます。
なので、商業カリグラフィーとは違い、派手さや面白みが無いかもしれません。ただ少数でもそれに賛同してくれる方々がいらっしゃいます。私がカルチャースクールを離れたのもそんな思いがあってのことで、それを強要してはいけないのでは?との思いがありました。

かわいい、綺麗なカードが書きたい!、これはこれで非常に楽しいことで、これを否定することはしませんが、心が違うものを欲していたのは事実です。


私のカリグラフィーの原点は、あの正装をした初老のカリグラファーです。静かにただひたすら書く、カリグラファーというより写字生という方がしっくりきます。

これからも写字生として、文字と向き合う時が続くことを願わずにはいられません。


ここまでお付き合い頂き、ありがとうございました。






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