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夢見館の処方箋

ようこそお越しくださいました。

当館の主、紗桜と申します。

この度は、かねてより準備をしておりました
この館を、開館できることになりました。
ようやく皆様をご案内できることになり、大変うれしく思っております。

わたくしはこの後、まだ仕事が残っておりますので、ここで失礼させていただきますが、貴方様の案内は、こちらの支配人が務めますので、なんでも聞いて下さい。

では、また。

·°‥"-‥¤ 夢見館 支配人 ¤‥-"‥°·

❝主よりご紹介にあずかりました、当館の支配人を務めさせていただいております、虹龍と申します。

ご滞在の間は私がお客様のお世話をさせて頂きますので、なんなりとお申し付けください。

それでは早速ではございますが、
あちらにウエルカムドリンクをご用意させていただいておりますので、ご案内いたします。❞

✰今日のウエルカムドリンク✰

❋桃源郷原産 宝桃🍑の果肉タップリソーダ水
❋仙境山由来の神泉使用の 紫陽花ゼリー

❝この他、コーヒー、紅茶なども取りそろえております。❞

細長いグラスは薄氷をはりあわせたような透明度の高さ。 その中で、細かくカットされたピンクの桃の果肉がポコポコと泡立つ炭酸の泡と踊っている。

紫陽花のゼリーは青のグラデーションが涼やかな切子細工の器に、盛り付けられたバニラアイスを覆うように紫、青、ピンク色にクラッシュされた寒天が紫陽花にみたてられ、散らされていた。

外の暑さを忘れる涼し気なおもてなし。

不思議な雰囲気の館に、客は貴方だけ。


❝お召し上がりの間に、当館の説明をさせて頂きます❞

風に揺れるガラス風鈴のような、静かで凛とした声の響き、彼は微笑みを絶やさずに話し続ける。

陽光の入り具合で暗緑色に見える黒髪は長く、後ろでひとまとめにされていて、肌は象牙のようになめらかで、赤い唇が一段と映えていた。

眠気を誘う声色に、ゼリーをすくうスプーンを落としそうになる。

❝……それではごゆっくり……御過ごしください❞


何処かで鹿威しの竹が、高く鳴る音がした。


·°‥"-‥¤ 不吉な夢 ¤‥-"‥°·

スプーンを落としてハッとすると、見知らぬ場所に立っていた。

夕焼け空の小道。

貴方の左横には家と家の間、子ども二人が並んで歩けるぐらいの路地が見える。

そこに大きめの黒猫が座ってあなたを見つめていた。

はじめて見る猫なのに、貴方は知ってるような感じがして、記憶を呼び起こす。

……思い出した。

この場所もこの猫も、明け方に見た夢に出てきた場所。

……ということは…。

貴方の左横を黒いモヤがサッと過ぎ去る。
次の瞬間、黒猫の隣に立ち並んだ。

その猫は野良猫のようで、座っている猫とは違って、毛並みはギトギトとワックスを塗りつけたような汚れようで、あきらかに貴方に敵意を向けている。

貴方は目を合わせないように後退り、踵を返して右側の住宅街へ逃げ込もうとした。

ジリジリと後ずさる間も、野良猫は貴方から目をそらさず睨み付けて唸り声をあげだす。

低く唸る声と共に、その目は黒から真っ赤に色変わりし、牙を見せ始めた。

貴方は慌てて右へ逃げる。

すると右手に一軒家の駐車スペースがある家があった。
駐車スペースの横は居間部分になっているのか、家の中から一匹の中型犬が貴方を見ている。

助けてもらおうとその家の駐車スペースに近づくと、背後から猫がやってきて、逃げ込もうとしたあなたより先に、駐車スペースに入り込み、また真っ赤な目を光らせて貴方を見つめてきた。

それだけではなく、家の中にいたはずの中型犬までが猫の隣に座り、貴方を睨み付けている。

猫と同じ真っ赤な瞳で…………


·°‥"-‥¤ 処方箋 ¤‥-"‥°·

飛び上がった貴方は両膝をテーブルの縁に打ち付けて、その勢いで、椅子に座り込んだ。
テーブルの上のウエルカムドリンクやデザートは盛大にひっくり返ってしまい、支配人の声かけに、大丈夫だと答えたものの、冷や汗はこめかみから頬へと伝っていた。

……嫌な夢……思い出した。

支配人が、洗練された身のこなしでテーブルの上を片付けている。

❝怖い夢でしたね❞

……!

❝いつの夢ですか?❞

……明け方に…見ました。

❝なるほど…少々お待ち下さい。❞

そういうと、支配人はおしぼりを貴方に渡し、席を外した。

数分後、支配人は一人の女のコを連れてきた。

❝この子の手を握ってください❞

差し出されたその手は子どもらしい肉づきの良い手で、女のコ自身もふくよかな笑みを浮かべてニコニコと貴方の手を握ってきた。

❝目を閉じて、恐れず、さっきの夢を思い出してください❞

支配人と女のコの顔を代わる代わる見た後。

貴方は再び女のコの手を強く握り返し、強く目を閉じた。

………………!!

何処かで破裂音がして、貴方は目を開ける。

キョロキョロとあたりを見回すが女のコの姿はなかった。

❝ご気分はいかがですか?❞

…………スッキリしました。

❝それは良かった。猫の夢はご注意下さい。まぁ猫に限らず、動物のあのような姿や、貴方自身が嫌悪感や恐怖を感じるものは…特に気をつけたほうがよろしいかと…❞

…………わかりました。


·°‥"-‥¤ お会計¤ ‥-"‥°·

……お世話になりました。

一泊した貴方は受付で支配人と顔を合わせた。

相変わらず美しく、礼儀正しい彼は、昨日より一層穏やかな笑顔を作り、使い込まれて光沢のあるレザー生地のトレーに紙切れを乗せて貴方へ滑らせた。

❝それでは、こちらが一泊の料金となります❞

…!!!!!

見たこともない桁数が並んでいる領収書を見た貴方は、払えないと詰め寄る。

どんなに高級なホテルでも、こんな法外な値段は要求されない。

夢見心地な気分は一気に現実に戻った。

❝当館は普通のホテルとは全く違います。そのことは説明させていただきましたよ。 お客様はこのように同意のサインもしていただけた。 ですから、処方箋として、悪夢を取り払ったのです。 もし、お支払いしていただけないのなら、困るのはお客様の方かと……❞

………………。

困ったあなたの顔を眺めて高みの見物な支配人。
ここへ来てはじめて見る本気の笑顔がそこにあった。

❝随分とお困りですね? ではこちらではいかがですか?❞

……?

差し出されたのは契約書。 そこには、支払いできない場合、支払い分と同じだけの仕事をすることが記されてあった。 つまり払い終わるまでタダ働き。 ということだ。

…………貴方は渋々契約書にサインをする。

甘い香りが辺りによい、眠気が襲う。
起きたばかりで、とんでもない契約を交わされて腹立たしいというのに、どんどんまぶたが落ちてくる……。

上のまぶたと下のまぶたがふれあいそうになるのを我慢していると、霞む視界の向こうな不敵な笑顔の支配人が見えていた。

❝さぁ、次のお客様を連れてきて下さい。貴方は見どころがある。 きっと良いお客様を連れて来てくれるはず。期待してますよ…❞

パチン……

ここは……。

目が覚めると貴方は自宅のベッドにいた。

わけがわからない貴方は、悪い夢を見たと冷や汗を拭いながらベッドから起き上がる。

すると……どこから入ってきたのか、黒猫が一枚の名刺をくわえて貴方の前にやってきた。

貴方は名刺を受け取り、猫を見る。

❝他言無用で、職務に励んで下さい❞

フン…と鼻を鳴らして猫は空気に溶け込むように消えていった。

猛暑の夏。カーテンごしでも暑さがわかる日差しを浴びて。

幻ではない、憂鬱な現実が、貴方の体温をさらに湯立たせた。











#創作大賞2023

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