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パリ ゲイ術体験記 vol.23「我が母の空港税関捕物帖」

日本にいる母が私が暮らすフランスに毎年一回出かけてくるが、毎回手ぐすねを引きながらそれを待っている者がいる。
それは昔行きつけになった安い中華食堂のオーナーで、パトリックという西洋名前だが元々は華僑である。
適当な時期になると「ママはもうじき来るんでしょ~?」とお決まりのセリフで電話を入れてくる。
その目的は毎年同じで、ローレックスの腕時計を母のパスポートを使って免税で買う事である。
私も外国人だけど、フランスの滞在許可証を持っているので免税の権利が無いから頼まれても役立たずである。
母のパスポートを持って店に行き時計を購入。母の帰国日に車で空港まで送ってくれて、空港で書類に免税の確認スタンプを押してもらって現品をシメシメと持ち帰る…というのが、ここ数年のお決まりコースである。
毎年じゅんぐりに、家族誰かのローレックス腕時計を買っていくのだ。

ある年も同じようにミッションを済ませ、母を空港で送り出した私達二人はパリのビストロでランチを食べていた。
そこへ、携帯電話に見知らぬ番号の相手先から電話が入って応答したら「こちらはパリCDG空港の税関事務所です。お分かりだと思いますが、貴方のお母さんを脱税でこちらで確保しています。本来支払うべき税金の額を払ってもらえればすぐに解放しますので、現金持参の上で税関事務所まで来て下さい」との内容だった。
となりでご機嫌よくステーキに食いついていたパトリックだが、電話の内容を把握したらしくて顔も口も固まっていた。
「どうしたらいいの?僕、捕まるんだろうか?!」と焦りまくる彼に「いやいや、先日の買い物で得をした税金の15万円さえ持参すれば母は放免になるそうだよ」と言えば、食べ始めたばかりのステーキやサラダをほったらかして席を立とうと慌てている。
「それよりも、15万円はすぐに用意できるの?」と訊けば、胸元のポケットから札束を出してきて「最低30万円はある」なんて数えている。
さすがは華僑!私にはそんな多額の現金をポケットに入れて持ち歩いている人間がいる事の方がびっくりである。自分などは、危なかしいパリでは財布に300円程度の現金しか入れていない。

空港の税関事務所に入ると、遠くの椅子に座っている母をみつけた。近づいてみると、なんと柿の種をむしゃくしゃと食べている最中である。
一時的にでも牢屋に入れられてシンミリしているか、怒り心頭の顔で私を待っているかのどちらかであると思っていたのに、美味そうにに柿の種をポリポリ食べているなんて …
税関職員が先ず言い放ったのが「あああ、息子さんですか!よくぞ早くに迎えに来てくれました!」であった。
「貴方のママはとても親切な方なようで、自分の鞄の中にあったあらゆる食べ物を出してきて、私達にも食べてと引かないんです。仕事上、それは食べれないと言っても言葉は通じないし。ずーっとお菓子を勧められっぱなしで、僕達さっきから貴方のママへの対応に困りきっていてね..」と、3-4人の職員さんが一様に苦笑いをしている。
母は呑気なもので「フランス人って意外と遠慮深いのね」なんて言っている。

放免と同時に怒り心頭の小言を聞くと覚悟をしていたら、怒りの矛先は私ではなくて航空会社のスタッフに対してであった。
なんでも、東京行きの搭乗開始直前に警察官と数人の税関職員、その先頭にフランスの某航空会社の女性地上スタッフが目を吊り上げて母の前で止まり、「○○さんですね!貴女はフランスの法律を冒したので、この飛行機に乗って日本に帰る事ができません!」と大声で吐き捨てるように皆の前で叫んだのだとか。
その際には、周りにいた日本行き搭乗者全員の注目を浴びたのだそうである。

税関事務所に連れられて移動する最中にも「私がこんな余計な通訳をやらされて!あんたのせいで、やっと帰宅時間になったのにまだ帰れないわっ!税関は日本語できる者がいないから、私がこーんな下らない雑用をやらされてるのよ、わかる!?まったくもう!」と阿修羅のような形相で母をチクりまくったらしい。
母も最初はしおらしく「すみませんです..」と詫びていたそうだが、「あんた」だの「こんないらない客」だのの発言を聞くうちに腹か立ってきて「この程度の残業でヒステリーを起こすような余裕の無さならば、さっさと辞めてしまいなさいよ。それに私は一応はあなたの航空会社の客なんだけどね!それくらいで威張りくさらないで頂戴!何様か!」と返してやったのだとか。
やはり、こちらも黙ってだけはいられる女ではなかったのだ …
乗るべき飛行機を逃した上に嫌みな女の暴言を聞いてふんぞり反って鼻息荒くしている母を、パリの高級うどん店にお招きして就寝前には長時間の肩揉みまで施して、なんとか就寝して頂いた晩なのであった。

さて、乗れなかった飛行機のチケットはどうなったのか..という問題。
母の事を担当していた税関の主任風職員の人が「僕達が足止めしたので、明日の便はちゃんと手配するから心配しなくていいよ。大丈夫..!」と新しいチケットを用意してくれたのだ。
そして、それだけではない。なんと母の飛行機搭乗寸前に、エコノミー席の搭乗券をビジネスクラス席のそれにさっと差し替えてくれたのである。
元はといえば、こちらの仕業が原因での出来事であるのに、これまた何故ゆえに…?

脱税に手を貸すようないい加減な息子を持つ気の毒な老婆に哀れみを誘ったのか、はたまた最後のフランス旅行であるかも知れないと、良き旅の想い出に変えようと気をきかせて大奮発してくれたのか…   まさしく深い謎であった。
(後で何故に脱税が見抜かれたかという話になったが、おそらく柄にも合わない高級腕時計であるし、時計が男物であったこともマークされたのかも知れない。税関で免税スタンプをもらったのち、多分ずっと私服税関職員にあとをつけられていたに違いないという想像に至った)

ビジネスクラスチケットに機嫌を良くした母は、航空会社の鬼女スタッフへの怒りも何処かに飛んでゆき、思いもよらない快適な空の旅を満喫したとの事であった。
私の方は、そのドタバタ劇以降は華僑パトリック君からの音信はパッタリ途絶えたままである。

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