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教師はどこまで生徒に関わればよいのだろう

『もうすぐ死に逝く私から いまを生きる君たちへ』(鳳書院)を読みました。「夜回り先生」として知られる水谷修氏の著書です。高校の教員だったた著者は、薬物乱用による教え子の事故死をきっかけに「夜回り」を始め、30年間にわたりドラッグや不登校・非行、ひきこもり、虐待などの問題に取り組んできました。彼の「夜回り」に関しては賛否あるようですが、少なくとも彼の中には行動を起こさせる何かがあったのでしょう。本を読みながら私は教員をしていた30年以上前のことを思い出しました。

暗くなり始めた放課後の職員室に電話がかかってきました。2年生の女子生徒が担任にかけてきたのです。彼女は2日前から家に帰っていませんでした。外泊はたびたびのことなので保護者は警察に届けることもせず、そのうち帰って来るだろうくらいに考えていたようです。

担任は教師になって10年目の男性。生徒が家に帰っていないことをとても心配していました。でも勝手に警察に届けることはできません。校長に相談しましたが親に任せなさいと言うだけで適切なアドバイスはありません。担任は生徒が行きそうな場所を自分で探していましが、見つけられずにいました。そこにかかってきた本人からの電話です。電話は市内のホテルからでした。評判の良いホテルではありません。生徒はホテル代が足りないのでお金を貸してほしいと言います。

現在だったらまず不審電話を疑うでしょう。詐欺かもしれません。もちろん親に連絡するでしょうし、場合によっては警察にも連絡するでしょう。でも当時は教師が対応することが珍しくありませんでした。「夜回り先生」のようなことが日常的に行われていた時代です。担任もすぐに迎えに行く準備をし、校長もそれを止めませんでした。

私を含め周囲の教員は心配しました。噂では彼女は他校の男子生徒と付き合っており、その父親は「反社会的勢力」の一員と言われていました。担任に何が起きるかわかりません。危険です。親に連絡するように言う教員もいましたし、学年主任や生徒指導主任はいっしょに行くと言いました。しかし担任は一人でホテルに行きました。生徒が担任に一人で来るよう、さらに親や警察はもちろんのこと誰かに言ったら帰らないと言ったからです。ホテルに向かった担任は生徒を無事に連れ帰り、家に送り届けました。ホテルにいたのは生徒一人だっそうですがそれまでどうだったのかは不明です。

女子生徒は担任が自分の言うとおりにしてくれたことに感謝し、迷惑をかけたことを謝罪したそうです。だれにも話していないことになっていたので教員たちも知らないことにし、そのことには触れずにいました。生徒の逸脱行動はその後も続き、教師たちへの反抗的な態度も見られましたが、担任の言うことだけは素直に聞きました。二人の間に信頼関係ができていたことは何となく感じられました。担任は翌年も彼女を受け持ち、卒業まで面倒を見ました。

担任のとった行動に対して周囲の反応は様々でした。保護者に任せるべきで学校が対応する問題ではない、担任の単独行動はまずい、だれもが同じように対応できるわけではない、前例を作ったことはよくない、似たような問題が起きたときへの影響が大きい等々です。校長の対応への批判もありました。私自身も生徒が無事に戻ったことにほっとしましたし、担任に何もなかったことに安堵しましたが、疑問は残りました。彼の取った行動は適切だったのか、そうでないならばどうするのがよかったのか、周囲はどうすればよかったのか、私の中ではっきりした答えはありませんでした。でも担任の気持ちは想像できました。私自身も家出した生徒の母親から連絡を受け、夜中に探し回ったことがあります。個人的にそれが間違っていたとは思いませんが、学校という組織の人間としてはどうだったのかわかりません。

教師はどこまで生徒に関わればよいのでしょう。学校として基本的な方針が決められていても状況によって異なる対応が求められることも少なくありません。マニュアルだけでは対応できないことも多く、教師個人がとっさに判断しなければならないこともあります。その際にどうするか。私は迷いながら自分の判断を信じて行動していましたが。

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