意見は聞くが、考えは変えぬ。

ブログをやってると、批判がつきまとうもの。

批判してくる人の90%以上は、ただ批判したいだけの印象だ。私のことを思っての批判というのは10%未満と言っても過言ではないだろう。


批判についてはしっかり目を通してある。特にTwitterで批判されることが多い。Twitterは自分のテリトリーを守りやすいということから安全圏投石を行う者が多い。


私が批判に対して意見をすると、引用RTやリプライで感情的な表現を送り、仲間内で罵り合い、最終的には私をブロックする。そのように足を引っ張りたいだけなのだ。


例えば、野球選手は金に汚いからなるべきではない。と私が記事を書いたとすると、「野球選手になりたいという子供の夢を汚さないで」といった意見が飛んで来ることは容易に想像できる。


それに対し、「そうか…ひどいことをしてしまったな…」と思ってあなたはブログ記事を書くことをやめてしまうのか。それは非常にもったいない。


あくまで、「私は野球選手は金に汚いと思う」のであって「野球選手は素敵な職業」だと思う人もいるだろう。それを否定するつもりも私は毛頭ない。


それなのに、自分のことを言われているといった被害妄想をし、攻撃をしてくるのだ。ブログをやっていない方からするとそんなアホみたいな話があるのかと思われるかもしれないが、実際によくある話である。


最近では、批判に耳を傾ける必要もないのではないかと思ってしまう。一つの宝物を探すために茨の道にツッコミ体や心をすり減らす必要がどこにあろうか。それよりも心のなかに湧き上がる純粋な気持ちを記事にしたほうが、オリジナル性に富んだものが生まれ、良質な記事になるだろう。


誰からも攻撃を受けないように書かれた八方美人で丸っこい記事など、何一つ面白くもない。