見出し画像

いまふたたびのカキフライ

 食えなくはないけど苦手な食べ物は世の中に多い。独特のにおいや触感やその食べ物にまつわるトラウマにより、自ら好き好んで食べない食べものがある人は多いはずだ。

先日胃を貸しに行く用事があった。出向で引っ越しをするため、冷蔵庫掃除をしなければならなかったのだ。
冷凍・チルドの物をひたすら料理してもらい、わんこそばのようにいただいた日だった。
ひいてはお米も5合どんとまとめて炊いたそうだった。
二郎ラーメンの冷凍が1食残っているというのを丹念に作ってもらったのなど、とてもおいしかった。麺とスープがそれぞれ冷凍されていて、「アブラ」と呼ばれる背油を濃ゆく煮詰めてある別パウチもあった。あのマシマシ山のラーメンの味は好きだ。だが実店舗だと着丼まで並び、また後続に並ぶ人の視線を刺されながらいただくのは箸のペースが乱れる。お家の食卓でゆっくりズルズルすすられて幸せだった。
うなぎもおいしかった。冷凍うなぎの調理方法として、タレがついたまま調理しないほうがいいという母と同じ知見を教えてもらった。まずタレをすすぐつもりで、うなぎをそのまま煮て、完成品に付属のタレを絡ませるという手はずだ。身がふっくらして美味しい。
その前日に蕎麦とともに召し上がられたビーフの残りも甘辛いタレで煮詰めてくれたのだが食べきれず、5合分の1合のご飯と共に翌日のお昼ご飯に持たせてもらうことにした。

先日この食卓でカキフライもいただいたことを思い出した。冷蔵庫掃除の一貫だった。
大きめ粗めのパン粉に包まれてぶりっとした身の牡蠣がサクっと揚がっていた。お箸をすーっといれて割り歯で嚙んでみたら海のおいしさが一気に押し寄せた。
ひとくちだったか一切れだけもらっておすすめされた醤油をつけたらとても美味しかった。
自分は生の海産物が苦手だ。だいたいその生臭さがだめで苦手の頂点にいるのが血生ぐささを誇るマグロ刺身である。
牡蠣は以前気仙沼の焼き牡蠣を炙りたてでいただいて美味しかったのだけど、それ以前までカキフライなどでも得意ではなかった。
20年前に話は遡る。まだ祖母が存命だったころのことで、土曜日部活帰りでおなかをペコペコにして帰宅した日の事だ。帰宅すると食卓に白い包みがあった。食べ残しのスーパー源氏(というローカルスーパーがある)のお惣菜で祖母が買い置いていたものがあった。ここぞとばかりに小さな揚げ物をかぶりついたら、とても苦かった。それがカキフライだった。めちゃくちゃ出鼻をくじかれた、というのがカキフライもとい牡蠣の思い出だったので美味しい食べ物として更新されたことに喜びを感じた。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?