第一章 出会い 02
2 カイ
偵察機から降りるや、カイは回収してきた敵の脱出ポッドに向かって走った。中の人間を自ら確認するためだ。
エアポートの吹き抜けの3Dスクリーンにユーゴが映っているのが見えた。
遠目にも険しい顔をしているのがわかった。
無断外出の件でキレているのだろうと思ったが、それより捕らえてきた敵兵の方が重要だった。
メタリックに光る球状の脱出ポッドの周りには、メカニックスタッフが5人ほど集まっていて、表面を焼き切ろうとしていた。
「お? ボタン操作で開けられねぇの?」
カイは顔なじみの一人に声をかけた。
「見た目はよくあるタイプなんですが、システムがちょっと特殊なようでして。時間がないって話だったんで、強引に開けちまおうかと」
「なるほど」
カイはうなずきながら、視界の端にメディカルスタッフが救命カプセルを用意して待機しているのを確認した。収容するのが敵だと聞いているからだろうか。少し緊張した顔つきに見えた。
カイのウェアラブルデバイスに、一緒に戻ってきたケンの声が届いた。
「そっちはカイに任せます。ユーゴとは僕が先に話しますから」
「頼むわ。あいつ、お前に弱いからな」
カイがイヒヒと笑うと、少し困ったような笑い声が返ってきた。
「あまり期待しないでください。今回は僕も同罪ですから」
通信が切れたところでちょうど、メカニック・スタッフの「開くぞーー!」という声が響いた。
球状の脱出ポッドに視線を戻すと、中央部分から上下に分けられ、上半球がずらされるところだった。
ふと血の香りが鼻をついた。
「中の奴、負傷してんのか」
てっきり体温低下で生命反応が消えたと思っていたカイは、開けられていく脱出ポッドに近づき、隙間から中を覗き込んだ。
むあっと血の香りが濃くなった。
明かりが消えた暗い空間にガガガと金属が擦れる音に合わせ、エアポートのオレンジ色の光がゆっくり広がった。
とたんにカイは息をのんだ。
脱出ポッドの中に転がっていたのは、15歳ほどの少女だった。
「こ、ども……? なんでだよ……?」
カイがそうつぶやいたのは、戦場に子どもがいたからではない。この世界に子どもがいたからだ。
千年に一度やってくる厳しい「冬」。
その間、人々は冬眠カプセルの中で深い眠りにつき、時を止めたようにして越冬して来た。
しかし、このシステムは10歳未満の子どもたちを救うことはできなかった。子どもたちは冬眠中になぜか遺伝子異常を起こし、人とは思えないものに姿を変え、最終的には命を落としてしまうのだ。
さらに、冬眠から目覚めた大人も、10年弱の間、子どもをもうけることができなくなった。もし妊娠しても、生まれてくる子は人間らしい知性や外見を失っており、生後1年を待たずに亡くなった。
その子の世話をした者は原因不明の病に侵され、精神に異常をきたし、死んでいくことも多かった。
このため、各国は「冬」前後のそれぞれ10年の間、国法によって出産を禁止するようになった。
それでも「冬の子」は生まれた。彼らは「呪われし冬の子」として忌み嫌われ、その親は大罪人として罰され、親族までもが処罰・迫害の対象となった……。
これはこの世界の人間が「冬」について、自国の教育機関で学ぶことだ。
人々の寿命は長くて100歳ほど。千年に一度の「冬」を経験する者は少ない。
「冬」の恐ろしさについて学びはするものの、ほとんどの人間にとって、それは「伝説」のようなものであり、直接関係のない他人事だ。
ただ、「冬の子」については、残された記録から薄気味悪さだけが特別に取り上げられ、いくつもの千年を重ねるうちに、本能的な恐怖を人々の遺伝子に刻みつけていた。
そして、カイたちは数少ない「冬」を経験した「あたり世代」だった。
越冬のために「冬」についてあらゆることを叩き込まれた。もちろん、出産の禁忌についてもだ。
常識とかルールなどに縛られることが大嫌いなカイも、越冬にあたってはあらゆる規則を遵守した。
その「冬」が明けたのは15年前。出産が解禁になったのはつい5年前だ。
今の社会にティーンネイジャーなどいないはずだった。
カイは一度を目をギュッと閉じてから開き、改めてカプセルの中を見た。
さっき見たものは何かの錯覚だと思ったからだ。
しかし、そこに転がっていたのは紛れもなく15歳くらいの少女で、おまけに真っ黒な髪をしていた。この世界には存在していない髪色だ。
遺伝子異常。
「冬の子」にまつわるキーワードが即座に浮かび、疑いは確信に変わった。
それは、周りにいたスタッフたちも同じだっただろう。
彼らは緊迫した様子で、慌てて脱出ポッドを閉じようとした。「冬の子」からの病の感染を恐れたのだ。
だが、カイはメカニックスタッフを静止し、メディカルスタッフに向かって大声で叫んだ
「何やってる! さっさとメディカルセンターへ運べっ!」
けれど、誰も動かなかった。
カイは大きく舌打ちすると、自ら脱出ポッドの中に入り込んだ。
「わわっ、ブラウン大佐っ」
メカニックスタッフのひとりが驚きの声をあげたが、カイはかまわず血まみれの少女を抱き抱えた。身体はまだ温かった。
しかし、生命反応はついさっき消えたところだ。急いで救命カプセルに入れて蘇生しなければならなかった。
少女を抱えて大股で歩き出すと、近くにいた全員がさあっと退いた。メディカルスタッフのひとりが「冬の子」から救命カプセルを守るようにして立ち、叫んだ。
「メディカルセンターには負傷した兵がいるんですよ! 他の大佐方に相談しなくていいんですかっ」
その目は救いを求めるように吹き抜けに向けられた。
さっきまでそこに映し出されていたユーゴの姿はなかった。
カイは険しい顔で怒鳴りつけた。
「うるせぇ! 感染なんかしねぇよ! こいつ、ラククス軍のパイロットスーツ着てるだろ! 軍に所属してるってことだろうが! もし、万が一、俺らが何かに罹っても、重要情報が死ぬ方が問題なんだよ!」
「しかしっ、こいつをサザンクロスに送り込むのが敵の狙いだったらっ?!」
「俺は偶然、拾っただけだ! 狙いもクソもあるか!」
カイはスタッフの抵抗を押し切り、少女を救命カプセルの中に突っ込むと、ケンにプライベート通信を入れた。
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