第一章 出会い 01
アシリア王国 外界軍
移動基地「サザンクロス」
1 ユーゴ
アシリア王国とラククス神皇國は互いに遠く離れた場所にあるため、戦闘の場は領界の外、有害光線があふれる場所「外界」だ。
そのため、両国はそれぞれ多くの外界基地を設けている。
サザンクロスはアシリア軍の中で唯一、固定型ではなく移動型の外界基地だ。
また、そのメンバーは全員、通常の軍組織には属さないアシリア王女直属の部隊だ。
色々と特殊だが、同階級の司令官が4人いるのと、その全員が20代後半の若者というのは、特に珍しい特徴だ。
その中のひとり、ユーゴ・ユルティナ・カイラス戦術大佐は基地のエアポートに集まる野次馬たちを、苦々しい表情でスクリーン越しに見下ろしていた。
エアポートはオフ・デューティーの人間まで出て来て、ずいぶん賑やかだった。彼らは自分のたちの上官であり、この基地の司令官でもあるカイ・ブラウン空戦大佐の帰りを待っているのだ。
いや、そうではない。
無断外出という軍規違反を犯したカイが、ユーゴにどう処分されるかを賭けていて、結果を見ようと集まっているのだ。
「上官が上官なら、部下も部下だな」
ユーゴは冷ややかな声でそうつぶやくと、エアポートの吹き抜け中央に自分の姿を3Dで映し出した。
ユーゴは間違いなく美形に数えられるルックスの持ち主だ。
知的な光を放つ深いブルーの瞳は、肩のあたりまで伸びた銀髪と相まって、濃いブルーの制服に特によく映えていた。
表情が笑顔なら、俳優を起用した軍の人材募集の広告に間違えられそうな姿だ。
だが、ユーゴはもちろん、笑ってなどいなかった。
「オフ・デューティーの者は、ただちにスペースポートから立ち去れ」
眉間に深いシワを寄せたまま、ユーゴは冷たい声ではっきりそう告げた。
「そんな……! 俺ら、カイ大佐のご無事を確認したいんです!」
叫んだ男は、カイの側近のひとりだろうと思われた。年齢は30代半ばくらいだろうか。
「上官思いなのはよくわかった。だが、去れ!」
ユーゴは怒鳴りつけたいのをぐっと抑えながら、できるだけ冷静な声で再びそう命じた。
「っち! なんだよ……」
パイロットたちは文句を言いながら、出口に向かってだらだらと歩き始めた。軍人にあるまじき態度だった。
(カイはどんな教育をしているんだ……っ!)
腹の底から一気に立ちのぼる怒りにまかせ、今度こそユーゴは鋭く激しい声をマイクにぶつけた。
「死にたくなければさっさとしろっ!!」
「ひー、こわ!」
パイロット達は一斉に走り出した。
「ずいぶんお怒りだな。こりゃあ、最悪、カイ大佐は降格の上、僻地に飛ばされちまうんじゃないか?」
「どうかな、一応、手土産は持って帰ってくるけどな」
「手土産って言ってもなぁ……。捕虜が一匹増えたところで、大した手柄になんねえだろ」
「じゃ、お前も賭けるか?」
「じゃ、結局は無罪に一票!」
そんな会話もエアポートのマイクが拾い、スピーカーからユーゴの耳に届いた。
(カイ・ブラウン! 我慢ならない……! 今度という今度はただでは済まさないぞ!)
ユーゴはサザンクロスに着任し、カイと一緒になったその日からずーっと、カイのことが苦手だった。
幼い頃から侯爵家の長男として、また王女の誓騎士として教育を受けて来たユーゴには、カイの粗野な立ち居振る舞いや下品さは受け入れがたいものだった。
その上、カイは今回のように軍規も度々、破った。
「司令官自ら規律を乱すような真似をするな」
どれほどそう言っても、彼に反省の色はなく、次から次へと問題行動をとった。
今回も「非番なんだし何したって、俺の自由だろうが」と、部下の静止を振り切って、勝手に偵察機で外界へ飛び出して行ったと報告を受けているのだ。
いくらカイが多くの功績を上げてきた有名人でも、その部下の生存率が異常なほど高くとも、それとこれとは話が別だ。もうこれ以上、カイの勝手を許すわけにはいかない。
これまでは、カイを重罰に処そうとする度に、同じく司令官であるケン・アシリア・ロータルミラト情報科学大佐に反対され、その意見を尊重して来た。
だが、今回はそのケンも何も言えないだろう。カイと一緒に無断外出してしまったのだから。
ユーゴは深いため息をついた。
ケンはその名が示す通り、アシリア王家の血筋の者だ。ユーゴが敬愛してやまないアシリア王女の従弟にあたる。
王女の騎士であるユーゴはサザンクロス着任前から、ケンと王宮で顔を合わせることが何度かあった。
挨拶程度で特に親しかったわけではないが、その知性と気品は本人がひけらかさずともにじみ出ていて、ユーゴはずっとケンに好感を持っていた。
新設されたサザンクロスで一緒に戦うようになってから、思った以上に素晴らしい人物だとわかり、個人的な親交も深めてきた。
ただ、どうしても理解できないのは、そんなケンがカイの幼なじみであり、大人になった今も親友として大切にし、尊敬もしていることだ。
(一体、あいつの何がいいんだ。カイのせいで、君はいつもとばっちりを食らっているじゃないか……。今回だって、奴を止めようと追って出たに違いないのに)
カイを処分するならケンも同様にすべきだ。それを思うと、ますますカイへの怒りが込み上げて来た。
管制官の声がした。
「ブラウン大佐から通信です!」
「つなげ」
「ブラウン大佐の通信、つなぎます」
通信官がユーゴの命令を復唱したかと思うと、カイの怒鳴り声が中央コントロールに押し入るように響いた。
「もう着く! メディカルの連中を蘇生システムごとエアポートに待機させとけっ! 例の捕虜の生命反応が消えちまった!」
「どういうことだ?」
ユーゴが問いかけた時には、もう通信は切れていた。
通信官が気まずそうにユーゴの顔を見た。ユーゴは自身を落ち着かせるために深呼吸を一つした。
無断外出したカイとケンは、偶然にも「中立域」付近で敵の「脱出ポッド」を発見し、回収して帰って来る。
中立域での戦闘は御法度だ。その近辺ですら戦闘を行わない。これは、昔から変わらぬ厳しい掟で、ユーゴが知る限り、一度も破られたことはなかった。
そんな場所に敵の戦闘機の脱出ポッドが漂流していたならば、何かただならぬことが起きたはずだ。絶対に見逃せない。
だから、エアポートで賭けをしていた者たちは、カイがその功績を認められて無断外出を許されるか、それとこれとは別だとして罰されるかを賭けていたのだ。
思い出すと頭痛がしそうだったが、脱出ポッドの中の敵兵はなんとしても生き返らせ、情報を得なければならない。
ユーゴは部下にカイの言った通りにするよう命じた。
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