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第1章 出会い 03

3 シィ

 司令官専用のラウンジのソファで仮眠をとっていたシィ(カイル・キートス白兵戦大佐)は、誰かが入って来た気配を感じ、反射的にむくりと上半身を起こした。

 まだ覚醒しきっていない視界にこちらへ向かって来る人影が見えた。猫背の、明るい茶髪を短く刈り込んだ、目つきの鋭い、よく見知った男だった。

 (あ、カイか)

 シィは額にかかる前髪をかきあげながら、反射的にいつもの営業スマイルを浮かべた。

 「やっほー」

 「やっほーじゃねぇよ。またここで寝てたのかよ。自分の部屋があんだろ」

 「だって、部屋は狭いじゃん」

 「贅沢言いやがる。お前が顔に似合わず、でかい身体してんのが悪いんだよ」

 シィは華やかで独特な色気のある整った顔の持ち主だ。ウェービーで柔らかい金髪も手伝って、首から上だけなら女性にも見える。けれど肉体は白兵戦で功績をあげてきた人間らしく、がっちりと筋肉質で大きい。
 要するに顔と身体が合っていない。そこを魅力に思う人間も多いが、シィ自身はコンプレックスに感じていた。イヤなところをつかれ、一瞬イラッとしたシィだが、その心は面に出さず微笑を浮かべて言い返した。

 「え〜、大きくないよ。あんたが小さいだけだろ〜」

 カイは身長が低いことを気にしている。やり返したのだ。

 「パイロットはなぁ、小さい方が都合がいいんだよ」

 いつもならギャーギャー反論するはずのカイだが、今日はそれだけ言うと、向かい側のソファに真顔で腰を下ろした。
 ソファがカイの体重と身体の形に合わせてすっと変化した。事前に使用者情報を登録しておくと、センサーで見分け、その人物の好み通りになるのだ。

 シィは「身長低いモードになったね」とたたみかけようとしたが、やめておいた。カイの様子からして、例の黒髪の少女のネタを持って来たのだ。

 「それで?」

 シィが促すとカイはやや興奮気味に口を開いた。

 「あのガキ、搭乗者情報はもちろん、飛行履歴から何から、きっれーーーーーいに消してあったそうだ。情報部がある程度は回復したが、なかなか難航したらしいぜ」

 「へえ? 冬の子って、ここが足りないって話だったのに?」

 シィは自分の頭をトントンと叩いた。

 「学校じゃ、そう習ったよなぁ。けど事実はそうじゃなさそうだ。それにあのガキ、戦闘機から離脱して真っ先に脱出ポッドの救助信号を切ったっぽいんだよ」

 普通、脱出ポッドの救助信号を切るなんてことはあり得ない。味方に見つけて回収してもらわねばならないからだ。

 「あれ? じゃ、やっぱり知能は低いってこと?」

 「何でだよ! ラククス軍から逃げてたってことだろ! 回収した場所から考えりゃ、中立域のどっかの国へ逃げるつもりだったかもしれねぇな」

 「ああね。まだ頭がちゃんと回ってないんだ。で、中立域に流れ着く直前で、カイとケンに拾われたわけか。その子も運がないね〜」

 シィはしっかり目を覚まそうとテーブルの上の炭酸水のボトルに手を伸ばした。カイが先にそれをつかみ、ほいとシィに放ってよこした。

 「そうとも限らないぜ。生命維持装置はもう切れる直前だった。俺らが行かなきゃ、誰かに見つかる前に死んでたと思うし、生きてたとして、あの大怪我じゃ、中立域の医療技術じゃあ、とても助けられなかっただろうよ」

 「じゃ、その大怪我っていうのも、ラククス軍にやられたのか」

 「ぽいぜ。メディカルの話じゃ、後ろから麻酔弾を撃ち込まれてたってさ。アシリア軍では使ってないタイプだと。腹と肩の傷も後ろから。飛行戦闘中に受けた傷じゃねぇ」

 「フゥン。冬の子だとしても、子ども相手にえげつないね。で、その子、どこの基地の所属?」

 カイは残念そうに首を振った。

 「言っただろ。情報を消してあったって。どこの基地の何者なのか、どこで戦闘機から射出されたのか、ケンでも回復できずじまいだと」

 シィはボトルをテーブルに戻すと、ウェアラブルデバイスを操作して、メールボックスを確認した。ケンから少女についての報告が届いていると思ったのだ。けれど、ボックスは空だった。きっと、まだ大した資料ができていないのだろう。

 「聞けば聞くほどおもしろいな。その子、本当に冬の子? 何かの病気で成長が止まってて、髪も黒いとかさ」

 シィはゆっくり立ち上がった。
 カイはソファの背に思いっきり身体をあずけながら、シィを見上げた。

 「そう考えたいよなぁ。ケンも最初はそう言ってた。けど、メディカルの話じゃ、15~16年前に生まれたのは間違いないらしい。……どこ行くんだよ?」

 シィがひらりとソファの背を越えたのを見て、カイは怪訝そうに上体を起こした。

 「そういや、あんた、冬の子に触ったんだったね」

 「おい、人をバイキン扱いかよ」

 とたんにカイはテーブルをぴょんと越えて、さっきまでシィがいたソファの上に飛び乗ってきた。

 「お前にも免疫つけてやるぜ」

 「けっこうだよ!」

 シィは素早く後ろに飛び退った。

 鬼ごっこが始まった。

 4人が座って会話できるソファスペース。ミーティングもできる大型テーブルがあるスペース。食事のためのカウンタースペース。3つのエリアのあるVIPラウンジだが、使用するのは司令官の4人と、左官以上の来客だけだ。大勢の一般兵士が使うラウンジやカフェテリアほどの広さは当然ない。
 それなのに、カイはシィに指先をかすることもできず、好戦的な笑みを浮かべた。

 「ほおおん、デカくて鈍いのかと思いきや、やるじゃねぇの」

 「白兵戦部隊をなめるなって」

 「腕力だけで勝負してんのかと思ったぜっ!」

 言いながら、カイは猿のように飛びかかってきた。
 シィはそれを巧みにかわした。

 「おっと! 俺たちはね、敏捷さも重要なんだよ。ふだんは重〜い戦闘スーツ着てるんだよ。今は身軽で羽でも生えてる気分だね! あんたこそ、コクピットの中に座ってる毎日にしちゃ、いい足してるじゃん!」

 「人を車椅子生活みたいに言うんじゃねえよ。お前、どうせあのガキに尋問すんだからさ! 今のうちに免疫つけとけって!」

 シィはミーティングスペースの方へ逃げながら聞き返した。

 「何で俺なんだよ? そりゃ、情報部の仕事だろ!」

 「冬の子を拾ったなんてトップシークレットだろ! 見た奴らみんな緘口令が出てんだよっ!」

 「だからって、何で俺? ケン・ロータルミラト情報科学大佐殿がいらっしゃるだろ!」

 「シィ、お前、聞いてねぇの? 俺とケンは反省房入りなんだよ。無断外出したからってさ!」

 カイはものすごい跳躍力を発揮し、ミーティングテーブルの中央に飛び乗って来た。右にも左にも逃げ場を失い、シィはカイの隙をうかがいながら言った。

 「その無断外出で手柄を立てたんだって主張しろよ」

 「それとこれとは別だって、ユーゴが言いやがってよ!」

 カイは忌々しそうに叫んだ。
 シィの頭にユーゴの気難しい表情が浮かんだ。

 「ははっ。あの堅物らしい」

 「シィ、仲裁してくれよ!」

 「嫌だよ! 俺、ユーゴ苦手だもん」

 「あの堅物が得意な奴なんていねーだろ! 仏頂面のお高く止まったお貴族様だしなっ!」

 そう叫びながら、カイは壁際のシィに飛びかかってきた。シィはギリギリのところでそれをかわして、一気にエントランスの方へ走った。
 だが、カイは壁を蹴るようにしてすぐに追いついて来た。

 「あんたもしつこいね!」

 「お前こそ、たかが冬の子にびびってんじゃねえよ! 病気なんて伝染らねぇって! 何のキャリアでもねぇって判明してんだって!」

 「びびってないし! あんたに触られて喜ぶ趣味はないってだけだし!」

 それでもなかなか追いかけっこをやめようとしないカイに、シィは面倒になって叫んだ。

 「じゃあ、いい方法があるよ!」

 カイの糸のように細い目の奥で薄茶色の瞳がきらりと光った。

 「お、何だ?」

 「その前に、追いかけるのをやめろ」

 「オッケー」

 カイはにやりと笑って立ち止まり、何もしませんという証のように、両手を肘のところから曲げて万歳のポーズをとった。
 シィはカイの方を向いたままゆっくり背中でエントランスの方へ移動した。

 「おいおい、このまんま逃げんじゃねーぞ」

 「ああ、逃げないよ。例の子について緘口令を敷いたって言ったよね?」

 シィはドアに背中をつけて立つとそう確認した。 

 「ああ。当然だろ」

 カイは鼻の穴を広げた。

 「じゃあ、どうあがいても反省房行きは免れないね。あんたたちの無断外出は周知のこと。それによる手柄は緘口令で伏せられてる。表向きは、あんたたち、悪さしかしてない」

 「!」

 カイの細い目が大きく見開かれた。

 「あきらめてケンと一緒にお縄につきなよ、カイ・ブラウン空戦大佐殿」

 シィはその整った美貌に妖艶かつ悪い微笑を浮かべた。
 とたんにカイは何か閃いたような顔をした。

 「なるほど!  無断外出した事実を捻じ曲げるか、トップシークレットがトップシークレットでなくなりゃいいってことだな?」

 「俺はそんなこと、一言も言ってないけど?」

 そう返しながらも、自分の言わんとすることを正しく理解したカイに、シィは悪い笑みをさらに深めた。

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