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01 神の國と、神を捨てた国

意図

神が全知全能などと、一体いつからそのような誤解が生まれたのであろうか。いや、誤解ではなく、願望か。

多くの人間が己の限界に出会い、無力さを味わった時に、救いを求める。
「全知全能」であり、かつ「慈愛あふれる」存在に。
それがいかに矛盾した願いであるかも知らずに。

わたくしたちは、民の誤解を解くべきであろう。
そして、新たな未来の扉を開けるべきであろう。
開けたいとすら思うことのない……
つまりはその存在すら知らぬ扉を。

この数千年に及ぶ戦争は、すべてそのためにある。

正一品第一位のことほぎ

プロローグ

 その世界は、生命に有害な光線で満ちていた。
 人々はその光線を避け、地下に潜って生活していた。
 しかし、地下も光線から安全な場所はごくわずかだった。

 それだけでなく、千年に一度、約三年間にわたる極寒の「冬」が彼らを襲い、多くの者の命を残酷に奪い去った。

 積み上げて来たものは、千年ごとにほぼゼロの状態までリセットされる。 そんな過酷な環境の中で、人々は命を繋いでいく希望を失っていた。

 ある時、彼らを救済する存在が現れた。
 人の姿をした神「アルハ」だ。

 アルハは七色に変化する美しく不思議な瞳を持っていた。
 また全身から黄金の光を放っており、その光は近くにいる者も遠くにいる者も同じように温めた。

 アルハはまず人々に越冬のための「冷凍冬眠」の叡智を授けた。
 そして冬が明けると、有害光線を避けて暮らすための球状のシェルター都市「領界」を築く技術を授けた。

 その教えは、当時の人々にとってはずいぶん難解だった。

 しかし、ごく少数だが理解できる者たちもいた。
 彼らは「現人神アルハの翻訳者」として、人々を導くようになった。

 アルハはこの世界のあらゆる者に等しく恩恵をもたらしたが、良い翻訳者を得たか得ないかによって、各地の発展に大きな差が生まれることになった。

 そのうち、アルハを国主と定めた「ラククス・アシリア神皇國」が誕生した。

 この国は、それぞれ9つの球状都市からなる「ラククス」と「アシリア」のふたつの大領界を持つ大国として栄えた。
 やがて統治機関である「神殿」が、他国をも支配せんと考え始めた時、大事件が起きた。

 アシリア領界の領主レダ・アシリア・ソォレイクン侯爵が、神の存在を全否定し、己が統治を任された領界を独立国家とし、その元首を宣言したのだ。

 この裏切りと略奪行為を「神殿」が許すはずもなく、レダは叛逆者とされ、その討伐命令が軍に下された。

 だが、レダは周到に計画を進めており、この時には既に自分が治めるアシリア領界内の軍を完全に掌握していた。
 アシリア領界とラククス領界は同じ一つの国ではあったが、地理的に距離が離れていたのも手伝って、「神殿」はこの乱を思うほど簡単には鎮圧できなかった。それどころか、アシリア領界内にいた「神殿」の神官や巫女たちは、皆殺しにされてしまったのだ。

 「見たか! アルハが全治全能なら、どうして俺を止めることができない?! 神などいないのだ! 皆の者、偽の神なぞ信仰するに値しない! 奴は己の神官や巫女さえ、守ることができない! 神ではなく、自身を信じよ! 身近な家族や友を信じよ!」

 レダのこの主張は、信心と実生活との折り合いがつかなかった者たちに、強く支持された。
 レダか神殿か、どちらにつくのが利口かと様子を見ていたアシリア領界内の有力者たちも、この状況においてレダを選んだ。
 中にはアルハを信じ続ける者もいたが、アシリア領界内に暮らしている以上、もはやレダにつくしか生き残る道はなかった。

 こうして、事実上のアシリア王国が誕生した。

 これを受け、当時「神殿」の最高位についていた巫女姫エラは忌み名として「アシリア」を国名からはずし、「ラククス神皇國」と改めることを宣言。アシリア領界をいったんは手放すことにし、ラククス領界を鎖国し、その中の叛乱分子やその種を徹底的に排除した。

 また、「裏切り者レダ」を罰さない現人神アルハの慈愛を人々に説き、その威光をさらに高めることに注力した。
 そうやって盤石な体制を整え、「我々の使命は、レダに騙され、神と分断された民衆を救うことだ」と、「救済のための戦い」を改めて宣言した。

 こうして「ラククス神皇國」と「アシリア王国」の戦いが再び始まった。
 ひとたまりもなかったのは、文明的に圧倒的に遅れをとっていた近隣諸国だった。
 どちらについても、敵方となった国に早々に滅ぼされるのは明らかだった。そこで彼らは同盟を組み、「永遠の中立」を宣誓して「中立域」を設けた。

 レダは自分が虐殺者ではなく「偽神からの正しき独立者」であることを示すため、「中立域」には決して手を出さないことを公式に発表した。
 巫女姫エラもまた「この戦いはあくまで叛逆者から国民を救済することにある」として、同様に「中立域」への不可侵を神の名のもとに宣言した。

こうして、この世界はアルハを絶対神として信仰する「ラククス神皇國」、そのアルハを全否定した「アシリア王国」、どちらにもつかない「中立域」の3つに分かれた。

 そして、レダの叛乱から始まった両大国の戦いは、その後、何千年もの時をまたぎ、子々孫々と受け継がれてくことになった。

 いつからか「永年戦争」と呼ばれるようになったこの戦いに終わりが来るとは、もはやほとんどの人間が信じていない。
 両国の力は常に拮抗しており、戦争は当たり前にある……産業のひとつとして確立されたと言っていい。
 
 「歪んでいるな」

 戦争が続くことで均衡がとれた世界を眺め、ユーゴ・ユルティナ・カイラス戦術大佐は小さく息をついた。
 けれど、その均衡はそう遠くない未来に、ユーゴの想像を超えた形で崩れることになる。

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