言葉にならない、そういう日もある。

今朝、息子に起こされ、
眠たい目をこすりながら起きた。

ベランダに出て、深呼吸をして、
部屋に戻って、軽く瞑想。

子供のお弁当と朝ご飯作って、
洗濯と掃除して、
幼稚園へ送り、ランニング行った。

今日はどちらかといえば、
「走らなければならない」と思った。
走りながら自分の心の奥を
確かめておきたいことがあったから。


ランニング中もずっと
いつもと違う、頭も心も
そんな感覚を味わっていた。

なんだろう・・・
言葉にならない感覚と気持ちが巡ってた。

よく分からないのなら、
分からないままにしておこうよ、
1時間走り終えて、そんな声が聞こえた。


今日はただただ
流れに任せて打っている。

「おい!昨日までのあの気持ちはどこいった?」
と言いたくなったけど。


言葉にならないときの
この感覚というか想いや気持ちを
私は、大切にしたい。
そこに時として、
真理がある気がするからだ。


画像1

◆「良心があるからこそ、自分が かけがえのない存在であることを自覚し、
自分にしかできない 貢献をを発見できるのだ」


◆私たち人間が生きる意味は、自分自身の内面から生まれる。
「究極的に、我々が人生の意味を問うのではなくて、我々自身が人生に問われているのだと理解すべきである。一言で言えば、すべての人は人生に問われている。自分の人生に答えることで答えを見出し、人生の責任を引き受けることで責任を果たすことしかできない」
(完訳7つの習慣 P165)


今日もありがとうございます。感謝😊


最後まで読んで頂きありがとうございます!