見出し画像

読書録「雪の階」

2月26日。
あの日の雪を私は知らないが、事件は史実として習っている。
今日はその日だからこの本のことを書かねばなるまい、
奥泉光「雪の階」。

三島か谷崎か、煌めく典雅な文体と、
漱石のようなユーモアを織り込む人物描写。
昭和のはじめ、という時代と風物が鮮明に描かれ、
ミステリとしても、多弁の花びらが一枚ずつ落ちていくようなスリルがあった。
早く先を読みたいが、この絢爛たる、多人称の視点が交錯する文体もじっくり味わいたい…
微熱のあった冬の日、
そんな相反する二つの思いを抱えながら読みきった。

美しいお姫様(おひいさま)の主人公が面白い。
常に冷静な数学愛好家でツワモノの囲碁打ち。
周囲の人物もそれぞれにキャラ立ちしていて、
人物描写だけでも相当に楽しめる。
個人的には発酵オタクの新聞記者に好感。
時刻表ミステリへの目配せや、着物と帯の色柄の描写など、細かなところがまた凝っている。
回収されないと感じた伏線がひとつあったけれど、
謎解きの面白さも十二分。

クライマックス、幻のように浮かび上がる雪の夜の妖艶なかなしさに射抜かれる。
そして最後にもうひとつの小さな恋愛の成就にほっとする。
階級の差、体温の差、思想の差、視点の差、
そして筆致の緩急の差の大きさに心を沢山揺さぶられた。

それだけではない。
民族主義、LGBT、戦争への道…これは不変の命題なのか、はたまた人間の業なのかと思わせる臨場感も詰まっていて、何度も溜息をついた。

本を閉じて、思わず見事だなあ、と独りごちた。
580ページを越えるズッシリした読み応え。
昨年出た小説のなかで私的ベストテンにはいる一冊でした。

(2019.2.26)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?