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私が書いた物語のなかから(7)「良い試合を!Un buen partido!」

 毎週水曜日は「私が書いた物語のなかから」として、これまで発行した十数冊の物語から、改めて語っておきたいことなどをこの場で綴っています。
 10月5日水曜日には、2020年9月に発行した「改訂新版オン・ザ・リング」という、引退という言葉に直面する覆面レスラー(以下「マスクマン」)の物語を取り上げようと考えていたところ、アントニオ猪木さんの訃報に接しました。この場を借り、ご冥福をお祈りします。
 本作品は、メキシコの荒鷲と呼ばれたマスクマン、リト・エル・グランデに憧れリングの上に立ち続けてきたマスクマンAZUSAこと上原昭二の物語です。年齢を重ねながらも地方プロレス団体で闘ってきた彼ですが、やがて引退を迫られます。子どものころから、ずっと夢見てきた、あの金色に輝くマスクのリト・エル・グランデは未だ遠い存在のままでした。そして、引退試合。そこで彼は、リングの上に立つことの深い意味を知ります。本作品は、主人公のAZUSA、そして彼を巡る群像ドラマになっています。
 スポーツの世界だけでなく、すべての人が老いを感じ、現役という舞台を離れる時を迎えます。若いころには、自分が老いるなど感覚的にあり得ないと思っていますが、やがて齢を重ね、気づけば社会は老人というカテゴリーの器に入ってもらう準備をしています。そして、数多くの人が、素直にその器に入っていきます。なかには、老害ふりまく危険な人もいますが。
 母親のお腹から生まれ、棺桶に入るまでが自分の人生で、それは誰のものでもありません。ただ、ある大きな夢を見続け、結局叶わぬこともあります。それを心の奥底でしっかり理解し、自分の意志で収めたとき、人は何かを学び、新たな「良い試合」に挑めるのではないかと、私は思っています。
 この物語の後段で、次のシーンを描きました。

「大柄の男が、上体をゆっくり折り曲げた。あらゆる感謝の念を込めた、『一礼』だった。学は頬を緩ませると、会釈を返し、口元でエールを贈った。『良い試合を!』(Un buen partido!)と。」(「改訂新版・オン・ザ・リング」より)

 「良い試合」とは何か。筆者である私もまた、「良い試合」に挑み続けていきたいと願っています。故アントニオ猪木さんの引退セレモニーでの言葉、「この道を行けばどうなるものか 危ぶむなかれ 危ぶめば道はなし 踏み出せば その一歩が道となり その一足が道となる 迷わず行けよ 行けば分かるさ」を、改めて今宵、復唱する私です。中嶋雷太

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