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私の美(31)「冬の薔薇」

 何年か前のこと。
 あれは横浜にある港の見える公園だったと思います。何故1月に、その公園にいたのか記憶にはありません。春先には華やかに彩る花々がその花壇に咲き誇っているはずですが、流石に1月は寒々とした光景でした。
 人の姿もまばらな公園をぶらぶら散歩していると、薄いピンク色をした薔薇が、密やかに咲いていました。春の訪れを待ち、まだ蕾さえ芽吹かぬ花壇の花たちのなかで、その薔薇は人知れず冬の薄い青空の下で咲いていました。薄幸な美とでも言えば良いのでしょうか。
 丘の上に立って港を見下ろすと、港湾施設が広がり、開国以来の横浜は今日も息づいており、空腹抱えた私は、中華街へと丘を降りて行きました。
 中華街の門をくぐると、紅色を基調とした世界があり、食を巡る喧騒が押し寄せてきました。たまに行くお粥屋さんに顔を出し、お粥を啜っていると、丘の上で凍えた体は芯から温まりました。お土産を買うこともなく、中華街の外れに停めた車に乗りエンジンをかけ暖気していると、ふと、あの薄幸なピンク色した薔薇を思い出しました。豪華絢爛な真っ赤な薔薇ではなく、弱々しくひっそりと冬空に咲くピンク色の薔薇は、私の美のなかに納められたようでした。
 あれ以来、あの冬の薔薇を見ることはありませんが、密やかに咲く冬の薔薇は、今日も薄い青空の下で咲いているはずです。中嶋雷太

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