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ビーチ・カントリー・マン・ダイアリー(9):「黒いカラスと黒い猫」

 長年住んだ東京・世田谷から湘南・片瀬海岸に引越しをして三カ月を過ぎました。住宅地が延々と広がり空が狭い街の景色から浜辺と海と空に満ちた景色となりました。日々の散歩も下北沢界隈から片瀬海岸となり、ガラリと日常生活が変わりました。
 ほぼ毎日欠かさぬ散歩の楽しみの一つが、七里ヶ浜、鎌倉高校前、片瀬東浜から西浜、そして鵠沼海岸の波を楽しむサーファーたちの姿で、一本ごとに異なる波に乗れたり乗れなかったりに目を細め眺めています。
 毎朝欠かさなかった散歩前の朝カフェも、世田谷在住時は下北沢の「こはぜ珈琲店」に通っていましたが、いまは浜辺に座り楽しむようになりました。冬場でも欠かせぬサングラス越しに遠く水平線を見つめているだけで、心の潤いを感じています。
 そして、黒いカラスと黒い猫。
 黒い動物たちは目立たないから警戒心が弱いと何かの本で読んだことがありますが、毎日浜辺に顔を出しているうちに黒いカラスと黒い猫が私の友人のようになりました。
 黒いカラスは、ハシボソガラスで、名前はジョナサンと名づけました。理由は特になく、思いつきの命名です。ジョナサンは、浜辺をコトコトと歩きながら何かを突きつつ、こちらの様子を伺います。私がぼんやり水平線を眺めていると、ほど良い距離まで近づいてきます。最初は何だろうと観察程度に眺めていたのですが、ジョナサンはどうやら私の生存確認をしたいようです。でも、近づいては欲しくなく、私の生存確認を終えると、何もなかったかのように羽ばたきどこかに飛んでゆきます。
 そして黒い猫。名前はクロで、浜辺の保護猫として有志がサポートをしている猫の一匹です。浜辺脇に柵が設けられていて、そのスペースが彼らの溜まり場になっており、保護猫たちの名前が表示されていたので、彼の名前がクロだと分かったわけです。柵の外から「おい、クロ」と声をかけると、人懐っこいクロはのそのそと柵から出てきて、私の隣に寝そべります。喉元あたりをコショコショと触っていると、クロはやがて「お尻を叩いてくれないか?」と下半身を持ち上げます。ポンポンポンと軽く叩くと気持ち良いらしく目を閉じて陶酔し始めます。
 日々の浜辺散歩で出会ったジョナサンとクロですが、彼らの寿命を考えると、これは数年の仲なのだと思います。先日も、大雪の数日後、クルミというキジトラの保護猫が亡くなったようで、浜辺近くにお墓が立てられていました。
 動物を人間化してとらえることは、人間の傲慢だと考える私にとり、カラスや猫の死は、そのまま受け入れたいものです。彼らなりに生き彼らなりに死を迎える。そこには、彼らなりの一生があり、その一生は彼らの価値観でしかとらえられないはずです。
 もちろん、ジョナサンやクロがやがて死を迎えれば、そんな私でも喪失感を抱くと思います。ただ海と空と浜辺が広がる自然のなかで、色々な生が営まれ、その一部であったことを静かにリスペクトしたいものです。中嶋雷太

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