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Kendrick Lamar, Harry Styles, ibeyi, OMSB, 後藤輝基… | 新譜ピックアップ (2022.05)

2022年5月にリリースされたアルバムや楽曲から、おすすめ作品をピックアップしてご紹介します。

月次で記事を書いているので、過去分も読んでいただけると嬉しいです。

Kendrick Lamar - Mr. Morale & The Big Steppers

ケンドリック・ラマーの新譜を咀嚼していたら記事を出すのが遅くなってしまいました…。ということにしておきたい。

ヒップホップアーティストの頂点に立つ一人といえるラッパーの新作に、世界が湧いた5月だったのではないでしょうか。

先行して発表されたシングル「The Heart Part 5」で次々と変わっていく"顔"とマーヴィン・ゲイの大胆なサンプリングでファンを驚かせ(リリック中、"culture"という言葉の使い方が印象的でした)、その後一週間と経たず新作アルバムがリリースされました。

※こちら割愛しますが、池城さんの解説がおすすめです。


フィジカルでは前半"Big Steppers"パートと後半"Mr.Morale"パートの2枚組でリリースされた今作。精神性、黒人差別、ドラッグやギャングの世界で生きることのしがらみ、SNSに満ちた現代社会への警鐘、過去のトラウマ…等、いつにも増して重いテーマの内容が続きます。

特に今回、アートワークにも登場するフィアンセ、ホイットニーと子供たち家族の存在と、そしてケンドリック自身の幼少期の経験や浮気の告白など、よりパーソナルなエピソードが目立ちました。

また、ホイットニーに勧められたというエックハルト・トール(精神的指導者として知られる)の名前が度々登場し、セラピーの重要性について語られます。

米メディアComplexに掲載された記事「Your Favorite Artists Are Rapping About Therapy」(なんて強い見出し!)も印象的でしたが、近年セラピーについて語るアーティストはケンドリックだけではありません。
直近では宇多田ヒカルも精神分析について語っていました。日本で浸透しにくいのは費用面でまだハードルが高いのもあるのでしょう。

このように、かつてヒップホップの世界の中で理想とされてきた男性的な要素がどんどん薄くなっていき、内面の弱さを客観的に語るリリックが増えたことは、一つ近年で顕著な傾向だと思います。


さて、アルバムについては楽曲1つ1つがかなり濃厚で何から手をつけたら良いやら…ですが、まず個人的に驚いたのが「Worldwide Steppers」でした。

ここで過去の白人女性とのセックスについて語られるのですが、"like retaliation"と表現されていて、つまりその行為は何世代にも渡り黒人が受けてきたことへの報復だったのかもしれないというのです。(!!!)

ドラッグ!金!セックス!についてラッパーが歌うことは多いですが、こんなに重い表現…とそれ程までに彼を苦しめるしがらみ、そしてそれを感じるセンシティブさ…ぐぬぬぬ、と衝撃を受け、どっと疲れました。

その後も複数の女性との行為が言及され、後半「Mother I Sober」ではホイットニーから、性的な中毒ではないかという心配、そしてセラピーを勧められます。


「Father Time」では父親との関わり方とそこから受けた影響、「We Cry Together」では男女の口喧嘩(ひらすら口喧嘩!)が展開されますが、これらは個人の視点ではなく多くの男性/女性にも共通する問題として指摘されているように感じました。

「Auntie Diaries」では親族の2人のトランスジェンダーの話(華麗な三人称の転換に注目です)と、繰り返されすぎる、Fのワードが波紋を呼びました。

「Savior」では冒頭の"Kendrick made you think about it, but he is not your savior"というフレーズから、世間のケンドリックに対する期待と自身は出来た人間ではないという否定、それらの構造を端的に表したリリックが響きました。

度々、ある種神格化された自身のイメージを地に戻すような表現がみられましたが、アルバムを通して語られるものは、過去の経験や自身が感じるプレッシャーを解きほぐし、解放していく一種のセラピーのようでした。
そしてそこには、ケンドリックを受け入れ寄り添ってくれたホイットニー、子供たちの存在と、エックハルト・トール氏の教えの存在が大きかったのでしょう。

最後に、異常なスピードで全曲和訳・解説を出してくれたHONOR(旧Sublyrics)に感謝を…!

Harry Styles - Harry's House

なんだこれは、全曲良いんだが。

正直今までワン・ダイレクションはあまり聴いておらず、ハリーも"アイドル"という印象が強かったので色々覆った衝撃的なアルバムでした。本当に、私のように偏見があった方にこそ聴いてほしいです。Coachellaヘッドライナーは伊達じゃない…。

特に、楽しみにしていたケンドリックのアルバムが前述のようにヘビー級のヘビーだったので、逃げるように本作を聴き込んだのでした。

タグ付けするなら、インディ・ロック〜シティ・ポップでしょうか。終始感じる浮遊感のあるサウンドが幻想的でもあり、常に地上から5cm程浮いたような気分にさせます。「Late Night Talking」、「Cinema」が特に好きです。本当に、過酷な状況や課題を具に歌うケンドリックとはこれでもかという程対照的なアルバムとなりました。

アルバムタイトルは細野晴臣から影響を受けていること、楽曲に日本を思わせる描写が含まれたり、最近ではTHE FIRST TAKEでのパフォーマンス(「Boyfriends」を歌ったのは意外でした)も話題になったりと、新日的な様子も多々みられ嬉しいリリースでした。

ibeyi - Spell 31

フランスとキューバをルーツに持つ双子の姉妹のサードアルバム。

タイトルは古代エジプトの「死者の書」からインスパイアを受けているとのこと。これは遺体の防腐処理をする際にエジプト人が唱えたという呪文(spell)を集めた書物です。

彼女たちが奏でるスピチュアルなメロディは、まさに旅をしているような、一種のトランス状態のような、聴く者を不思議な漂流状態へと誘います。

MVも美しい「Lavender & Red Roses」や、力強いPa Salieuの客演が響く「Made of Gold」がおすすめです。アルバムを締めくくる「Los Muertos」は死者を意味しますが、Buena Vista Social Clubのメンバーとしても有名な実の父の声がループしつつ、有名人物たちの名前が列挙されていく追悼のような曲でした。

アルバムを通して、音楽と精神性、生と死、血の繋がりといったダイナミックなコンセプトを感じました。

OMSB - ALONE

ラッパー/プロデューサーのOMSBのサードアルバムがリリースされました。前作のアルバムからは7年(7年!?)。

OMSBというとこれまでのSIMI LABでの活動〜ソロの作品では、太いビートと着実にバースを蹴っていくラップを展開するイメージでした。今作は、タイトルからも読み取れるようにどこか孤独、哀愁を感じるメロディ(特に歌うシーンが多かったのに驚きました)とより内省的なリリックが目立ちます。

個人的には、「Kingdom(Homeless)」で感じる、全て手に入れた状態をイメージさせる"Kingdom"と、結局は一人、という"Homeless"を対比させたタイトル、内容が響きました。
また、"いつもどこかからあぶれた / だからあぶれた奴らを集めた / そこにいる時力が溢れた / 故にそこからですらもあぶれた" というリリックは、まさにSIMI LABの結成から現在の活動までを想起させ感慨深いです。

また自身のTwitter名にも掲げている楽曲「LASTBBOYOMSB」はHIPHOPカルチャーに対するラブソング。ヘッズなら誰しも体験したであろう初期衝動を描いたリリックや、アーティストやフレーズの数々ににやけます。

後藤輝基 - マカロワ

フットボールアワーの後藤輝基によるカバーアルバム。

後藤さんが歌うといったら、ゴッドタンの"ジェッタシー"の印象が強かったのでネタ感のあるリリースなのかと思いましたが、驚きの藤井隆プロデュース。それは襟を正して聴くしかないでしょう。

Wink、宝生舞、本田美奈子・・など、昭和〜平成のアイドルソングのカバー全6曲。私は元の曲は知らなかったので後から聴いたのですが、どこか気だるげな歌い方がマッチしているのか、女性ボーカルの原曲を見事に後藤色に染め上げている印象でした。さすがの藤井隆チョイスです。

また、シティポップ的なアレンジもかかっており、また一歩アップデートされたサウンドも注目です。元の曲と聴き比べながら楽しんでみてください。(やっぱりちょっとおもしろい「VIDEO マカロワ」も必見!)

その他の注目楽曲 / プレイリスト

その他、5月のおすすめ楽曲をまとめています。5月はシングルも良曲が、たくさん…!
ポップパンクの若きスターYUNGBLUDとWILLOWのコラボや、マイケル・ジャクソンの娘、パリス・ジャクソンの楽曲も良かったですし、bnbとSIRUPの組み合わせも素晴らしいコラボでした。是非聴いてみてください。


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