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道路の主役を車から人へ:パリ15-minute city / ストックホルム1-minute city

空気汚染や環境危機の観点から、都市部への自動車の乗り入れを禁止する動きが世界中で広がりを見せています。ノルウェーのオスロは2019年までに都市部にあった駐車場をすべて撤去していたり、アテネ(ギリシャ)・メキシコシティ(メキシコ)では2025年までにディーゼル車の乗り入れを禁止にする計画をたてていたり、ロンドンでは古くなり排気ガス量が多い車両に課金する超低排出ゾーン規制(ULEZ)が始まっています。

車による排気量を減らすミッションはどの計画・制度でも共通に設けられていますが、多くの計画の基本構想として「これまで車のためにつくられていた道路を、人のための道路に戻そう」という考え方があります。

20世紀初めにT型フォードと大量生産の方法が確立してからこれまでの間、道路は通行する車のために開発されてきました。道路を人に戻すということは、交通事故が減ることで安全性も向上し、都市の生活において身近にある道路が人々に開放され、道路空間に新たな可能性を生み出します。近隣住民同士の新たなコミュニケーションの場として機能したり、新しい活動が育まれたりすることで、都市での暮らしが多様性に満ちたものになるのではないでしょうか。このような計画は、1900年代初頭のアメリカの都市計画者、Clarence Perryが提唱した「neighbourhood unit(近隣住区論)」から影響を受けています。例えば、バルセロナの「スーパーブロック」でも、車を街の一部から排除するだけではなく、自動車によって専有されていた車道空間を市民の生活空間に変えていくことを目的としています。緑を増やし大気汚染に向き合いながら、エリアに住む人々が自分自身で空間の使い方を決めることが、人々のつながりを生み出し、個人のクリエイティビティや生活の質を高めようとしています。

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画像引用:バルセロナにあるsuperblockの区画に集う人々

さて、タイトルにあるX-minute cityですが、徒歩X分で生活が完結するというコンセプト自体は真新しいものではありません。(ちなみに、移動手段は徒歩が定義されていることが多く、15〜30分都市がくらいが主流のコンセプトです。)例えば、ポートランドでは、歩行距離を制限した都市計画が気候変動対策の中心にあり、市内の90%を20分以内の地域でカバーすることを目標と掲げています。また、オーストラリアのメルボルンでも2018年に同様のパイロットプロジェクトが展開されたり、Dongtan(韓国)や成都(中国)、オタワ、ミラノなど、多くの都市が同様のX-minute cityをビジョンとして取り上げています。

パリの15-minute city

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画像引用:FASTCOMPANY

2020年に再当選したparisのイダルゴ市長がマニュフェストとしてが掲げたコンセプトが「15-minute city(la Ville des proximités)」を掲げました。彼女は、2014年に初当選して以来、パリの交通文化の見直しを行っています。汚染度の高い旧型の自動車の環状線内への入場を禁止したり、ディーゼル車やガソリンエンジン車を段階的に禁止を計画しており、道路スペースを樹木や歩行者のために再生する策を講じてきました。

パリのコンセプトでは、住民が必要とするあらゆるもの、例えば、食料調達や買い物、仕事や学校まで、徒歩や自転車で15分以内で行けるような地域を作ることを目指し、車を必要としない充実した生活を提供することを中心に設計されています。パリ市民は「緑の許可」に基づいて市域内に自由にガーデニングができるようになったり、駐車場や路上スペースを公園に作り変えたりしようとしています。道路を人々の生活にもどすため、さらにパリが一歩進む計画であり、2024年までにすべての通りを自転車で走れるようにすることや、2030年までに燃焼エンジンを搭載したすべての自動車を中心部から追放すると計画として発表されています。

パリのコンセプトのユニークネスは自転車での移動もカウントされること・店舗の重要性を強調する一方で、文化的な活動や娯楽施設・職場も15分圏内に含まれていることです。これは、ことや、それにより生活の場が分散してしまっていることを包括的に解こうとしています。

イダルゴ市長は、15-minute cityをその地域に住む人々を中心とした生活の構成であると語っています。

実際、都市がレジリエンスを持つためには、そこに住む一人一人が、年齢や社会的なカテゴリーに関係なく、他者との相互依存関係にあることを理解する必要があります。
ーTOMORROW CITY, イダルゴ市長のインタビュー より抜粋

パリの15-minute cityのコンセプトは、フランス系コロンビア人のカルロス教授(パリ・ソルボンヌ大学)によって提唱されています。かれは、場所への愛着の追求のためにアイデアを開発したと発言しており、このコンセプトによって巨大化したパリの「都市を解体」することを目指しています。カルロス教授は、都市部に住む人々が幸福に暮らすためには6つのポイントあると提唱しています。

・尊厳を持って住むこと
・適切な条件で働くこと
・糧を得ること
・幸福を得ること
・教育を受けること
・余暇を過ごすこと

この理念に従って、15-minute cityは同じ空間にできるだけ多くの用途を同じエリアに混在させようとしており、過去1世紀ほどの都市計画でそれぞれの用途と場所分離しようとしてきた都市計画に対して疑問を投げかける形となっています。

彼の提案には、道路空間をより多くの歩行者と自転車のために提供し、自動車専用道路は更に縮小されていくことが計画されています。また、公共や半公共のスペースに複数の用途を持たせ、昼間の校庭を夜のスポーツ施設として利用したり、暑い夏の夜に涼む場所として人々が集まるようなコンセプトが共有されていたり、小規模な小売店ではMade in Parisのタグをマーケティングツールとして使用した商品を作るWSなどが開かれています。誰もが近くの医者を利用できるようにし、スポーツ治療施設は市内の20区ごとに用意する予定です。

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15-minutes cityによってもたらされる生活のイメージ図

前述の通り、15〜30分都市という提案はヴィジョンとしてこれまでも取り上げられてきたものの、パリが主導していると取り上げられているのは、コンセプトを着々と実践しているという点にあります。再任前の任期では、イダルゴ市長は自転車専用道路を700kmを2019年度末までに1,000Kmまで増築。パリの中心部から郊外の両方の地域で、2018年9月〜2019年9月までの1年間で自転車の利用状況が54%増加しました。自転車の利用を増やすことで、少しずつ車中心社会への変化を実行しています。コンセプトとして理想を立てることも非常に重要ですが、パリのように政策を有言実行しながら実際の数字として成果を出していくことも同じくらい重要です。

このように、パリでは、気候変動や郊外の問題に対して取り組む一方で、地域性・職場や学校、社会的スペースへのアクセス向上などのアイディアをもとに、近隣地域で都市が提供するすべてのものが揃うような計画がされています。

ストックホルムの1-minute city

一方、スウェーデンのストックホルムでは、住民とデザイナーが協力しあい、「1-minute city」と呼ばれる新しいビジョンを持って道路を再設計しています。パリの15-minute cityをハイパーローカルに落とし込んだような計画ですが、パリのように文字通り1分ですべてのものにたどり着くという意味ではありません。(物理的にも不可能ですね)

1-minute cityは持続可能な都市デザインをテーマとした国家機関であるArkDes Think Tankと、スウェーデンの国家イノベーション機関であるVinnovaと協働で行っているプロジェクトです。

「(パリの)15-minute cityは、たくさんの1-minute cityから成り立っています」と語るのは、Vinnovaのストラテジーデザイン担当ディレクターDanHill氏です。彼は、1分都市を以下のような場所であると語っています。

1-minute cityとは、あなたの身近な環境であり、あなたが積極的に参加できる共有の空間であり、隣人や自治体、都市全体と共有の意味での責任を負うものです。トマトやブドウを育てたり、ストリートパーティーを開いたり、コミュニティミーティングを開催したり、子供とバスケットボールをしたり、近所の人に会ったり、鳥に餌をやったり…あるいはストープに座ってストリートで繰り広げられるバレエを見たりすることができる空間です。

1-minute cityは、自動車のために設計されている道路を他の活動のためのスペースとすることで、持続可能な生活を作り上げることを目指しています。

パリの15-minute cityでも道路の権限を人間に移すことが語られていますが、ストックホルムの1分都市はより道路空間における具体的な人間の活動にフォーカスされている計画です。

Street Moves

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電動スクーター・自転車置場になるStreet Movesの最初のプロトタイプ
画像引用:One-Minute City—Fifteen-Minute City

1-minute cityを構成するためのプロトタイプとして行われたプロジェクトがStreet Movesです。ストックホルムの都市部の道路にある標準的な駐車スペース(EUでは道路に縦列駐車で駐車するスペースがある)の敷地内に収めることができる、ストリートファニチャーセットです。

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ベンチになるStreet Movesの最初のプロトタイプ
画像引用:One-Minute City—Fifteen-Minute City

車用の駐車場にStreetMovesを設置すると、道路空間の用途がベンチや自転車・スクーター用の駐車場に早変わりします。その他、植物を育てるための温室や地域住民どうしの会議で使えるミーティングスペース、配達物の一時保管地場他所としてつかえるようなファニチャーキットも開発中です。都市プラットフォームのプロトタイプとして開発されているため、必要に応じてパーツを交換したり移動させたりすることも可能で、ニーズや要望に合わせて変化できるように設計されています。

Street Movesによって、車のための道路を人々に開放することで、道路が多様性を帯びた場所になります。その結果は、実際の数字にも表れておりプロトタイプフェーズにもかかわらず、通りに繰り出す近隣住民の数が400%増加したうえに、大勢の人が駐車スペースがなくなったのにも関わらず満足していると調査結果が出たそうです。

あなた自身に当てはめて考えてみてください。「あなたの住んでいる街で駐車場を減らして、人々の活動のためのスペースを増やしましょう!」と言われてもあまりピンとこないのではないでしょうか。現在、車を頻繁に利用している方であれば、その計画に反論するかもしれません。StreetMovesのプロトタイプによって人々は「駐車スペースを別の用途に変更すると多様な活動が生まれ生活が豊かになる」ことを自らの経験を持って感じ、もたらされる未来の価値を想像できるようになります。人々の想像力を掻き立て、未来を創造するサポートをプロトタイプが担っているのです。

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遊び場となるキットを置くだけではなく、近くの小学校の小学生たちとブランコやダンスプラットフォームを設置したり、ストリートペインティングを行ったりと参加型デザインワークショップも行っています
画像引用:One-Minute City—Fifteen-Minute City

コミュニティが参加することで良いアイデアを得られるだけではなく、アイデアに対してオーナーシップを持つことができます。住民が参加することで、自分たちの場所でどんな活動をおこなうのか、未来にどんな生活をしたいのか?という議論が活発に行われ、研究しその場でプロトタイプをつくりなおせるのです。プロトタイプは未完成であることで、人々の想像を掻き立てたり、新たな未来を一緒に生み出すことができるのかも知れません。そこから出てきたアイデアや新たな未来の種から、住民たちと生活を作っていけるのでしょう。

おわりに

環境危機や空気汚染といった大きな命題に取り組む過程で、車のための道路を減すことで人間の営みがどうあったらよいのかを計画し取り組んでいる事例を紹介しました。道路を人間中心にリデザインすることが、生活を豊かにすることにつながるのではないでしょうか。これにより、人々は生活のために用途を生み出したり、自分たちのやりたいことに合わせて道をアレンジしたり、他者とのコミュニケーションのために道路空間を自由に活用することができることで、道路がコンヴィヴィアリティな道具と変化していくのでしょう。また、今回は人が密集しているパリやストックホルムの都市を中心として取り上げましたが、都市部と郊外ではこの解き方は異なります。

今回の記事は次の2つの質問で終わろうかと思います。

・あなたの住んでいる家の目の前にある道があなたの自由に使えると言われたときに、その想像をすることができますか?
・その想像の中で、あなたがしたいことややってみたい活動はなんですか?

行政×デザインの話題についてもし興味をもっていただけたらば、本マガジンのフォローをお願いします。また、このような公共のデザインやその取り組み、その他なにかご一緒に模索していきたい行政・自治体関係者の方がいらっしゃいましたら、お気軽にWEBサイトのコンタクトページよりご連絡ください。

一般社団法人公共とデザイン
https://publicanddesign.studio/

Reference

・CITY MONITOR - What is a 15-minute city?
・POP UP CITY - Paris Will Provide Citizens Everything They Need Within a 15-Minute Radius
・FAST COMPANY - Paris’s mayor has a dream of ‘the 15-minute city’
・Dan Hill - A further update on the One-Minute City projects I’m working on here in Sweden
・Dan Hill, Slowdown landscapes - One-Minute City—Fifteen-Minute City
・Bloomberg - Make Way for the ‘One-Minute City’


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