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PATH

インクトーバー2023 3日目。お題は「道」。
何を描いていいかわからなかったので、今いちばん勢いのある若手三人組が横断歩道を渡るところを描いてみようと思った。しかし、そううまくいくわけがない。似顔絵のお手本もなく、そもそもアビーロードの風景は、チラ見したことしかない。似ても似つかぬ絵をまた一枚増やしてしまった。

はて。道というのはROADだと思っていたがPATHとは。小径、ということだろうか。

高校生の頃、わたしは片田舎の漁村に住んでいた。小さなコミュニティで、お互いに知らない人はいない。毎日、会う人は同じで、お互いの食卓に何が並ぶのかさえ知っているような密な関係性だ。人口が少ない分、いつも変化に飢えた人たちが、微に入り細に入り、他人の行動を見ているような環境だった。

ただ、漁村の裏道ともなると、すれ違う人さえいない。一人暮らしのお婆さんの家から大音量でテレビの音が漏れているくらいで、野良猫だって滅多に見かけない。静かな、本当に何の刺激もない場所で、わたしは一人時間を満喫していた。

ところがある日、正面から小学校3〜4年生くらいの男の子が歩いてくるのが見えた。知らない顔である。そして、おそらく向こうもわたしが誰だかよくわからないのだろう。チラチラとこっちを見ながらも、あちこちに目が泳いでいる。そして、ちょうどすれ違いざまに、その男の子はわたしの胸にスッと手を伸ばしてきた。触るつもりの勢いだ。

当時のわたしは体幹がしっかりとしていて、運動神経が良かった。動体視力も良好で、スッと伸びてくる手がスローモーションに見えた。わたしは左手で男の子の手を振り払い、右手で胸をかばった。一発殴ってやろうかと思ったが、相手は小学生だ。相手をせずに無視しよう、と思った。すると口笛を吹きながら、男の子は何事もなかったかのように通り過ぎて行った。

後になってわたしは自分の感情が複雑に波打っているのがわかった。怒りと悔しさと恐怖だった。

そういえば、わたしの自転車を目の前で盗もうとしているところ目撃したことがある。こっちはビルの2階にいて、入り口に停めておいた自転車をまるで自分の自転車のようにジャラジャラしたカギの一つをスッと差し込み、ハンドルに手をかけて持ち去ろうとした若い男がいた。「ちょっと!それわたしの自転車ですけど!」と声をかけた。男は自転車をそのまま置いて、走ることもなく、知らん顔で去っていった。まるで口笛を吹いたり、鼻歌を歌ったりするかのように、のんびりとした足取りで。あの時も、漁村の小径ですれ違った男の子に持ったのと同じ感情が湧いた。「泥棒!警察呼んで!」と叫べば良かっただろうか。あの男の子にも「痴漢!バカやろう!」と怒鳴れば良かっただろうか。実は、結構なショックでパニックになり、咄嗟に考えがまとまらないでいたのだ。後になって、そんなことを思い出しては考えている。



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