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長縄跳び

この頃、SHOWROOMでチャットをすることが多くなった。それで、過去のグループチャットで、イタイ目にあったことを思い出した。わたしはしばらくの間、映画のチャットルームに出入りしていたことがある。

初めて覗いて見たとき、そこはハンドルネームをさらにアレンジしたニックネームで呼び合う常連さんたちばかりだった。親密そうな関係が出来上がった場に「初めまして」と入って行くのはちょっとためらわれた。

チャットルームは長縄跳びと似ているな、と思う。メインで縄(話題)をぐるぐると回す管理人や常連さんがいて、みんなはそこにスッと入って行って会話をする。わたしはどのタイミングで入ろうか、このまま入らずに見るだけにしておくか、と何日も迷った。

ある日、わたしの大好きな映画の話題になった。わたしはその話を共有したかった。思いきって「初めまして」と長縄に飛び込んだ。会話は弾んだ。面白かった。未知の話題もたくさんあった。楽しくて、翌日から毎日のように通って、いつのまにか常連さんと呼ばれるようになった。

ある日、チャットルームの常連の一人から、DMが来た。牧師になるためにアメリカ留学を目前に控えた、神学専攻の大学院生だった。『いつも楽しい話をありがとう。僕は、あなたのことをもっとよく知りたいです。個人的にメールのやり取りをしてくれませんか。』これはなんだろうな、と思った。本当にわたしに好意を持ってくれているのか、それともなにかのセールス(ネズミ講)の勧誘だろうかと考えた。

同時期に、古株の女性からもDMをもらった。『なにか、個人的におかしなことを言う人がいたら、無視してね。』ほほう。これは危険と面白さのボーダーラインに立っているんだなと思った。わたしは引っかかるものか、と面白がった。

件の彼は、こちらがOKともNOとも言わずとも、一方的にメッセージを送って来た。『今日、こちらは良い天気でした。そちらはどうですか?』
文面は少しも刺激的ではないが、この人は何かを企んでいるのだと思うとゾクゾクした。わたしはメッセージが来るたび、毎度のらりくらりと毒にも薬にもならない返事をした。

あるとき『僕とおつきあいしてもらえませんか?』と言って来たので、
『会ったこともないわたしに、そのお申し出はかなりの驚きです』と返事をした。相手は『いえ、会わずともわかります。あなたのような心のきれいな人を求めていました』と言う。会ったことがないので顔がわからないから「心がきれい」と褒めたんだな、と思ったが、まあ、悪い気はしなかった。しかしその次のメッセージには、膝がカックンとなる衝撃の一文があった。

『僕には婚約者がおり、1年後にアメリカ留学から戻ったら結婚の予定です。それまで、短い間ですが、おつきあいをよろしくお願いします。』

キターーーー!まさかの二股宣言。しかも、バックグラウンドに「神学」「牧師」というワードが散りばめられている。今なら、「じわる」といったところだろうか。短い間ですがおつきあいをよろしくって、ネットオークションですか。もちろん丁重にお断りした。そして、その返事がこうだ。『だったらいいです。今後ともどうぞよろしく。』これで二重の膝カックンだ。

常連になったわたしは、そのチャットルームから抜けられなくなっていた。親密になった仲間との関係が壊れたり、チャットルームがおかしな空気になるのが怖くて、しばらくはその長縄の中で跳び続けた。ただ、実害はなかったとはいえ、わたしは少なからず傷ついていた。なぜだろうと考えた。そして、自分があのボーダーラインを面白がっていたことを思い出した。人をもてあそぶような人を面白がった、その代償だ。上から目線で見ていたわたしは、足元をすくわれた。決して心がきれいではないことを証明された気がした。いつまでもチクチクと心が痛みながら、チャットルームに通っていた。

ある日、ふと思った。これは長縄跳びなのだ。わたしの好きなタイミングで出て行けばいい。ひょい、と抜け出したら、あとはスタスタと立ち去ればいい。宣言は要らない。抜けるだけでいいのだ。

そうやって抜けてしまったら、誰も追ってはこなかった。清々しかった。
しばらくして、古株の女性からメッセージをもらった。彼は相変わらず、そのチャットルームにやってくる女性に、次々に声をかけているのだという。その長縄の中で、飛び込んでくる女性を待ちながら、ずっと跳び続けているのだと聞いた。



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