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売ってなかったら作ればいいんじゃない?

ミシンが欲しかった。子どもが生まれて1年ほど経った頃だ。服や小物を作るために、ミシンを買おうと思った。郵便受けに入っていたチラシを見た。「特価」と記されたミシンは1万円で、使い勝手も良さそうだった。

その店を訪ねた。ずらりとミシンが並んでいる。受付カウンターの女性に聞いてみた。「このミシンを見せて欲しいんですけど」チラシを見せると、その女性は「現物はここにはありません。お宅に直接お持ちして、お試しいただくようになっています」

翌日、営業マンがやってきた。持ってきた1万円のミシンに小さい布切れを挟むと「試しに縫ってみます?」と言って電源を入れた。「まず、糸の調子を合わせます。ここのダイヤルで調整してください」と言われて、動かしてみる。「このボタンでスタートします。」縫い始めたら、上糸と下糸のバランスが悪く、糸が団子になってしまった。何度やっても上手くいかない。わたしはイライラし始めていた。「この機種はちょっと扱いが面倒なんですよね。お値段相応といいますか。ランクが上のものは、こういうのは全部自動なんですよ」と言われて、わたしはガッカリした。やっぱり1万円では満足できるものは手に入らない。そりゃそうだな。
その人は、あ、そうだ、とつぶやいて、「ちょうどこの後、他のお客様に説明するために、ちょっとランクが上のを車に積んでいます。ご覧になりますか?」と言った。「ちょっと持ってきますね。」

そのミシンは、糸調子も自動、アルファベットの刺繍ができる機能付き、あれもこれもと高機能で、1万円のミシンとは大違いだった。「これくらいなら、ストレスなく使えますし、長く使えます。やはり、1万円のものは、それなりですね。よかったらこれ、置いていきますよ。」「え?でもこれは、他のお客さんに納品するんですよね。」「大丈夫です」

何かおかしい。なんだろうこの違和感。「あの、これ良さそうだから、ミシンを欲しがっているお友だちにも紹介したので、呼んでいいですか?すぐ近所なので」と言ってみた。「あー!そうですか。すみません、実はこのミシン、特価で出していますので、数がないんですよ。お客さまだけに特別にご案内していますので、お友だちはちょっと…」ますます怪しい。

値段を聞けば、大特価で35万円だと言う。「高額なので、家族に相談してからでないと…」と言うと、「ミシンを使うのは、奥様でしょう?ご主人はミシンを使うわけではないから、この良さがわからないと思うんですよね。奥様がお決めになったらいいと思いますよ。金額もローンを組んで、毎月1万円程度なら、融通が効くのでは?3年経たずに返済が終わりますし、その頃はもう、お子さんも幼稚園に入って、ミシンがフル稼働していると思いますよ」と言い出した。やばい。そう言いながら、ジリジリと体をこちらに寄せてきて、圧をかけてくる。家の中にいるのはわたしと赤ん坊だけ。かなり怖くなってきた。しかし、何を言っても、その人は帰ってくれない。

押し売りだ。

そう思うと、怖くてたまらない。一刻も早く帰って欲しい。わたしは思考が止まった。パニックになってどうしていいかわからない。早く帰ってもらいたい一心で、なんと契約書にサインをしたのである。

その人が帰ってから、わたしはネットを探りに探った。いくつもヒットした。ミシン詐欺。やられた。

会社に電話をかけた。クーリングオフして、引き取ってもらいたい。するとここでも「考え直して欲しい」と言われる。理由を何度も聞かれる。わたしはわたしで、「契約書がオットに見つかって、激怒しています」と言ってみた。すると、渋々ではあったが、手続きの仕方を教えてくれた。かなり頭にきたが、一番ショックだったのは、あらかじめ詐欺行為だと自覚していながら、受付や電話の窓口で平気な顔をしている人たちだ。

その後、わが家には5万円程度のミシンがきた。ローンは5回で終了し、今でも健在である。

昨日、ムスメが「美術の授業で、白手袋が要るの」と言ったので、二人で百均に行って買おう、と出かけた。同じ学校の子が買って行ったのか、その棚にはもう白手袋はなかった。「どうしようかねえ」と言ったら、ムスメがにっこり笑って、「仕方ない!作ったらいいんじゃない?こう、布に手形を描いて、ぐるっと輪郭を縫えば。」簡単に言ってくれるが、そう簡単にはいくまい。

『お母さんはなんでも作ってくれる』とムスメが思うくらいには、ミシンを駆使してきたのだろうか。


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