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おいしい焼き鳥を食べたい

焼き鳥が食べたい。高級焼き鳥じゃなくて、庶民的な、でも美味しい焼き鳥が食べたいのだ。実はそういう感じの店が、バス停二つぶん離れたところにあるのだが、徒歩で出かけるのはちょっと億劫だ。かと言って、飲酒するから車や自転車では無理である。

最寄り(100メートルくらいの距離)にも、焼き鳥屋があるにはある。その店は、最初は持ち帰り専門だった。店主はよゐこの有野某に似ていて(最初に店に入った時、今日はゲームセンターじゃなくて焼き鳥焼いているのかよ!と思ったほどだ)、飄々とした雰囲気も似ていた。注文して、となりのコンビニで15分くらい時間を潰して待てば、焼きたての香ばしい焼き鳥や手羽先を食べることができた。年月を経て、その店はいつのまにか、小さなテーブルを置き、店での飲食もできるようになった。いつか店内で食べてみたいね、と夫と話していたが、子どもがまだ小学生だったので、ちょっと無理かなと遠慮していた。

去年の暮れごろ、「焼き鳥が食べたい!」と、わが家は満場一致で外食することになった。久しぶりにバス停二つぶん歩くことにした。しかし、その日はあまりの寒さに、家を出てすぐに歩くのが嫌になり「持ち帰りの店にしよう」ということになった。ごめんくださいとお店に入ったら「今はもう、持ち帰りはやってないんですよ」とのこと。じゃあ三人ですが、座れますか?と聞けば、「お子さんはお断りしています」ときた。娘は中学生で、公共交通機関では大人料金を払うんですよと有野似に言いたかったが、未成年であることには違いないし、グッと堪えた。わが家は娘が成人するまで、もうあの店の焼き鳥は食べられない。その悲しみと、怒りに似た絶望を孕んで、わたしたちは一気に血流が良くなり、少し足を伸ばして外食することができたのだが。それからしばらくは、店の前を通るときは、チッと舌打ちする心持ちであった。

最近、新しい焼き鳥屋がオープンした。有野似の店とは団地を挟んで反対側にあり、わが家からはずっと近い。昨日、夫と二人で行ってみた。娘は合宿で不在だったため、「お子様お断り」でも入店できる。ところが、店の前に置かれたボードには「小さなお子様連れでもご遠慮なくお越しください」と書かれていた。おお。これなら娘連れでも来れるじゃないか。ドア越しに店内がちらっと見え、そこにはカウンターで食事をする小学生くらいの子どもが二人見えた。よしよし。

カラリ、と引き戸を開け、一歩店内に入ってギョッとした。外からは柱に隠れて見えていなかった小上がりが、まるで居間のようだったのだ。幼稚園児と未就園児と乳児の三姉妹がそこにいた。店主の娘たちだろう。長女はタブレットでディズニーのアニメを見ながら、塗り絵をしていた。次女は長靴を履いたり脱いだりして、小上がりから降りては店内を走り回っている。三女はハイハイをしながら、時折「にやっ」と笑う。子どもたちのお絵かきに使う落書き帳、クレヨン、ファンシーグッズ、薄手の赤ちゃんぶとん、赤ちゃんが座るイスが散乱していて、三つ置かれたテーブルの二つは占領されていた。

ちょっとふっくらした中村獅童のような大将が、「いらっしゃい!」と明るく声をかけて来なかったら、スーッとそのまま後ずさって帰るところだった。思い直して夫とカウンター席に座り、ビールと串物を注文。いざ食べ始めると、今度は三女が小上がりのギリギリまで這い出してきて、床に落ちるんじゃないかと気をもむ。焼き鳥の味は悪くないがいろいろと気になる。そのうち、カウンター席の子どもたちが三姉妹と遊び始めた。託児所の様相を呈してきた。一方、獅童似もカウンターに座った子連れの親たちも、その様子を目を細めて眺めながら釣りの話なんかで盛り上がっている。

4本目の焼き鳥を食べようとした時、後ろで三姉妹のママが「あらあら、あなたのイスが汚いから洗わないといけないじゃないの〜」と、優しく言いながら赤ちゃんのイスを運んで行った。イスにはツナのようなものがたくさん乗っていた。吐いたの?それとも食べずにぶちまけたの?と、わたしの頭の中は「!?」である。

そのタイミングで店内に入ってきたおじさんは常連のようで、獅童似は「いらっしゃい」と言うと焼酎のボトルとグラスをサッと用意した。おじさんは物も言わずに飲み始めた。

カウンター席の四人家族が帰り、わたしたちもお会計を済ませて席を立った。次の瞬間、わたしはウッ、と息を詰めた。ここでは嗅ぎたくないニオイがする。小上がりを振り向くと、ママが三女のオムツ替えをしていた。ちょうどお尻を持ち上げたところで、排泄物も丸見えだった。常連のおじさんは微動だにせず、淡々と飲んでいる。もうおなじみの風景なんだろうか?

有野似の店も、獅童似の店も、外食リストから外れた。うちの近所には、この他にはもう、まずい焼き鳥屋か、うまい焼き鳥を出すが、賑わう常連たちが店内で喫煙する居酒屋しかない。

ただ美味しい焼き鳥が食べたいだけなのに。


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