夜泣きの子を懐かしむ満月の夜

ムスメは夜泣きしない日がなかった。

なぜ泣くのかわけも分からず、わたしは始終イライラしていた。どうしたどうしたとあやしながら、抱っこの腕も疲れ、自分は足元から崩れ落ちそうになりながら、ゆらゆらと揺れながら立っていた。

おとなしくなったな、と思って布団に下ろすと、背中が着いたとたんに泣く。赤ちゃんの背中にはきっとセンサーがついていて、それが作動するんだろうと本気で思っていた。それでまた抱き上げる。少し落ち着いてきたら、ソファに座って、クッションに寄りかかり、抱っこしたまま寝る。次に泣き出すまでのわずかな時間にウトウトする。毎日毎日、それが続いて、わたしはおかしくなりそうだった。

「なんだよぅ。なんで泣くんだよぅ」と言って自分も泣いた日もある。一緒になってうあああああんと泣いていたら、頭の隅っこで「よしよし」と声がした。誰かは分からないけど、「よしよし」と自分が抱っこしてもらったような気がした。窓から空を見たら、満月だった。それでわたしは泣き止んで、「ほら、おつきさまだよー。まん丸だねー」とムスメに話しかけたら、じっと月を見ていた。わずかな時間、黙ったけれど、また泣き始めた。でももうわたしは大丈夫だった。泣いて汗ばんだ首元の匂いや、ぎゅっと握った手のひらの小ささ、頭の重さや、つきたてのお餅みたいに柔らかなからだ。そんなムスメ全部を両手に抱えて、ゆらゆらと揺れながら満月を見ていた。
「よしよし」と、わたしも声に出してみた。「いいこだねー。だいすきよー。」少しずつ泣き声がおさまってきて、スースーと小さな寝息に変わった。

おととい、部活から帰ったムスメを連れて外食した。お店までの道を歩きながら、「あっ、そうだった!」とムスメが言った。「あのね、お母さん!今日、めっちゃ月がきれいだよ!学校の帰りに見たら、すっごくおおきくて、すっごく色が濃くて、すっごくまん丸だったよ!」おまえは本当に中学生なのか。そんな語彙力でいいのか。まあ、わかりやすいけど。

しかし、背の高いマンションに隠れて、月は見えない。「どこだ?どこだ?おーい、お月さまー」と、歩きながらムスメが言う。次の瞬間、マンションの陰から、まん丸な月が現れた。白く光っていた。うさぎが見えた。わたしの語彙力も似たようなもんだ。

「あれー?さっきは本当に色が濃かったんだよ。そして大きかった!」そうだろうそうだろう。そういうもんなんだよ。理科で習ってないのか。と思っていたら、ムスメが「はい」と手を出してきた。「?」わたしが首を傾げたら、スッとわたしの手を取って、歩き始めた。

「よしよし」またどこからか、声が聞こえてきた。





この記事が参加している募集

自由律俳句

サポートいただけたら、次の記事のネタ探しに使わせていただきます。