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台風が来ると知らぬかクモの糸

中空にクモがいた。

1週間くらい前のことである。最初は2〜3本の糸が軒先からベランダの手すりに張ってあった。そこに細い足の、枯れ葉のかけらみたいな蜘蛛が1匹ぶらさがっていた。

こんなところに餌になるような虫が飛んで来るのだろうか。そもそも、お前はどこから来たのか。なぜここに巣を張ったのか。聞いてみたいことは数々あれども、虫の言葉を知らないので、テレパシー的な何かを送って返事を待った。音沙汰なしであった。

3日後くらいに、糸が複雑に張られていることに気づいた。わたしが知らない間に、せっせと仕事をしていたのだろう。やる気だな、と思った。本気でここに巣を張るとなれば、それなりの覚悟があってのことだろう。毎朝わたしが洗濯物を干しにやって来て、夕方になったらそれを取り込みにやって来る。それを見ているのか、どうなのか。じっと動かないその蜘蛛は、何を考えているのかさっぱりわからない。

晴天が続いた。残暑と言うにはあまりにも暑かった。じっと動かない蜘蛛は、まるで干上がったように見えた。その足の細さと身動きひとつしない様子が、わたしに「死んだか」と思わせた。捕食している様子もないし、この直射日光だ。枯れるように死んだのだろう。わたしは、物干し竿にかかった巣を少し切った。思ったよりも手応えがあり、糸は切れる時にプツ、プツ、と音がしたように感じた。すると、にわかに蜘蛛が動いた。巣の中心で足をもぞもぞと動かした。「わわわ!生きてた!」と思わず声が出た。そうかそうかすまんすまんと謝って、わたしは洗濯物を干した。

今朝、蜘蛛の巣を見て驚いた。2匹になっている。大きいやつしかいなかったのに、小さいやつがいる。なんで。どこから来たのあんた。気づけば、蜘蛛の巣は、厚みを増した構造になっており、糸もかなり増えた。わたしが寝たり起きたりしている間に、蜘蛛はコツコツと巣をバージョンアップしていたのだ。仲間なのか夫婦なのか、はたまた親子なのかは知らないが、数が増えているということは、ここにコミュニティが構築されていく可能性もある。いつのまにか物干し竿は、洗濯物が干せる場所が少し狭くなった。これでは朝顔につるべ取られてもらい水、じゃなくて、蜘蛛たちに物干し取られて部屋干しだ。

かといって、巣を払ってどこかへ追いやるのも、今更ながら気の毒ではある。おい、蜘蛛よ。引越す気はないか。とテレパシー的な何かを送ってはみるが、やはり返事はない。

折しも地球最大規模の台風が来るという。twitterでは「ガラス窓が割れるのを避けるため、割れたガラスが飛散するのを防ぐため、窓ガラスにテープを貼ったほうがいい」「テープを貼るとかえって割れやすくなるからやめたほうがいい」と、論争(?)が起きている。「もうどうしていいかわからないから窓を捨てたい」と言う人まで出てきた。

蜘蛛は。どうするんだろうか。その野生の勘とか生物の習性とかで、この惨事を避ける準備をしているのだろうか。それとも、何も気づかず、気づいたところで為すすべもなく、じっと巣の真ん中に佇んでいるのだろうか。

ここは台風直撃コースではないが、暴風警報が発表された。明日の朝、蜘蛛はそこにいるのだろうか。わたしは先ほどから、テレパシー的な何かで「逃げたらどうか」と話しかけているのだが、ここは室内だから、蜘蛛に届いているかどうか。


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