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一人映画

学生時代、実家から学校まで道のりは、普通と快速の電車を乗り継いで2時間半を要した。電車の中で居眠りしたり、本を読んだりしていたのだが、ある日から、見える景色がガラリと一変した。それは、ウォークマンを手に入れたからだ。

当時わたしは課題に追われていて、テレビを見る暇などなかった。映画館に行く時間も取れなかった。だから映像に飢えていたのだが、当時はまだ、スマホもパソコンも普及してなくて、動画などを見ることもできなかった。

ところが。ある日、ヘッドホンをつけたまま電車に乗った。窓の外の景色が変わる。音楽に合わせて、風景が何かを主張している。車窓から見える雲の形が面白かったり、並走している車がスッと左折したり、ただそれだけの風景がなぜか詩的に見えるのだ。夜の交差点で、横断歩道を渡る時、音楽がそこにあるだけで、景色が映画のように見えた。歌詞の内容を下敷きに、たくさんの妄想が生まれた。

今ではもう、2時間も電車に揺られて移動することは滅多にない。音楽を聴きながら運転することはあっても、景色が映画のようには見えない。他の音を遮断して、耳に直接音楽が流れ込んで来なければ、あの妄想にも浸れない。

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