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気分に選ばれた感情


 僕の好きなSF作家、フィリップ・K・ディックの「アンドロイドは電気羊の夢を見るか?」(映画、ブレードランナーの原作でもある)には「ムードオルガン」というものが出てくる。

 「ムードオルガン」は、感情を自動的に調節するオルガンのような機械で、名前の通り音色を奏でる。

 ムード(感情)をコントロールするオルガン(臓器という意味もある)なんて、それだけで十分にこの作品の魅力が語れるってものだ。

 作中、主人公が暗い気分のダイヤルに回している妻と口論するシーンがある。どちらの台詞だったかは忘れたが、自分たちは気分を変えるためにダイヤルを回し、そのうちにダイヤルを回したくなるような気分になるダイヤルが必要だなんてことを言う。

 不気味なほどに正鵠を射ていて、僕の頭の中では妙に心地良くも感じられる音色が流れていた。

 オルガンとは本当によく言ったもので、僕たちは人生の多くの大事な部分に関わる選択や判断、あるいは記憶が感情に左右されていることを知っているにも関わらず、それが案外、その瞬間にお腹が減っていたとか眠かったとかその程度の身体反応が決め手になってしまっていることを見逃している。

 僕は、世界が変わってしまったと思うような出来事が、実はちょうどオルガンのダイヤルを回すほどのものでしかないということを言っている。


 2週間ほど前、サッカーの試合で運悪く相手の拳が僕の鼻にヒットしてしまった。嘘つきの鼻が伸びるところ、僕の鼻は見事にひん曲がってその罪すらも認めないと言わんばかりに見えた。

 とにかく、そのままでも仕方がないので医者を頼って無理矢理に戻したわけだが、1週間は外からも中からも固定で息ができないほどだった。

 ようやく固定を外したのは、今朝の話だ。

 今までにもないほど鼻が通る。久しぶりに降りた渋谷の駅では、こんなにも匂いの強い街だったかと思いながらもそれすらも嬉しく思ったりする。

 まだかすかにツンとするような痛みがあり、患部はまだ触れば危なげだ。

 ちょうど鼻のその場所を指でなぞると、その感覚から途中までしか出られなかったあの日の試合の光景やこの週末外から見ていたピッチを思い出す。

 ダイヤルは回された。

 鼻から冷たい空気が一気に入ってくると、脳の果てまで染み込んで、細胞の1つ1つが目を覚ましているのを感じている。

 明日にはサッカーができる。

 僕は生きるためにサッカーをしている。

 サッカーボールを蹴れば、すべてが始まる。




#サッカー
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