見出し画像

高貴で感傷的に踊る、バレンシアにフットボール


 トランペットの音が大きくなり、演奏隊のテンポもゆっくりになってくると、いよいよ真実の時が訪れる。闘牛士が疲弊して頭を垂れた闘牛の後頭部、頚椎のあたりに剣で狙いを定める。

 その日、メスタージャは静まり返ってしまった。さっきまでの勢いはどこへやら、あのアーセナルにここまでの格の違いを見せつけられてしまえば言うこともなくなる。

 トランペットの伸びやかな音は聞こえてこなかったが、いつも後ろの席にいるバレンシアファンのおじさんの野次が飛ぶ。ゆっくりと、ここに来て1ヶ月の日本人にも分かるほどに、そしてきれいな発音で、汚い言葉を吐く。

 審判に文句を言っても、今は哀しいだけである。しかし、たしかにバレンシアの選手たちはよくやった。それにリーガだって、まだCL出場権が懸かっている。

 何より、負けてもなお立派にサポーターに向け手を振り、サポーターも惜しみない拍手を送る。気品こそ失ってはいけないのだ。誇り高き戦士よ


 土曜日にまたエージェントと今後のスケジュールなどを話し、駅まで見送った後で、すぐ隣にある闘牛場に闘牛開催のポスターを見つけた。

 なんと、運良くも今日すぐに見られるではないか!金もないし、残っている日向の安い席でチケットを抑える。

 この日の闘牛は、3人のマタドールによって行われた。通常は2回ずつの合計6回の演目が行われるらしいが、とにかくこの日は3回まで観ることにした。

 マタドールというのは、赤い布、Muletaで牛を煽りながら交わし、剣でとどめを刺す役目の、いわば主人公だ。マタドールは最後にやってくる。そして、真実の時を迎える。

 闘牛には、それ以外にもピカドール、バンデリジェ―ロといった様々な役割があり、いくつかの幕がある。それぞれに事細かに形式があり、そこにはプロだからこそ成せる業があるわけだ。

 最近では、スペイン国内でも観る機会が減っているらしい。サッカーを含めその他の娯楽の台頭があり、そもそも牛の虐殺ショーなんて残酷なわけで、これには賛否両論が絶えない。

 いずれにせよ、そこには歴史があり、そして今ここで僕はそれを目撃するべきだった。

 牛が勢いよくフィールドに飛び出してくる。まるで、ELベスト4の2ndレグ、アーセナルに対するバレンシアの前半戦のようだ。2点取ったときには、もしかするとと本当にそう思ったのだ!

 これを、布を持った何人もの闘牛士が誘っては往なしていく。後で聞いたことだが、ここで牛の調子や特徴を掴んでいるんだそうだ。3回目に出てきた牛なんかは、壁に角を突き立てて自分の角を折ってしまうほどだった。

 その次に、2頭の馬に乗ったピカドールが登場する。ピカドールは牛が馬に突進したタイミングで上から槍のようなもので突く。ここで牛が元気なままでも痛めつけすぎても後の進行に響く。

 その後には、バンデリジェ―ロが手に持った2本の槍を、牛の正面から向かい合ってうまいこと背中に突き立てる。

 たしかにこれは牛の虐殺ショーとも呼ばれるほどのものだ。それも何人がかりにもなって。しかし、それだけではない。たしかに、僕の目には生と死を懸けた命のやり取りとして映っていた。

 死はすぐ隣に寄り添っているのだ。死を恐れた瞬間それはすぐにでも襲ってくる。そうでなくおだやかでいれば、それはそっと見守っている。

 何で読んだか、たしかそんなような言葉を思い出す。それから付け加えるとすれば、寄り添う死をも抱き寄せて踊るかのように振る舞う、マタドールという男はそれほどに美しい。

 ようやっとして現れた赤い布とそこに隠した剣を持ったマタドールは、まるで英雄だった。会場からの歓声、まだなお勢いを余した牛のすぐ前まで来ても動じることのない気品、誇り高さ。

 マタドールには、歩き方、姿勢、表情に至るまで様式があるそうだ。その振る舞い一つ一つが美意識。雄牛を倒したから、彼を称える理由はそれだけではない。

 自分の身に近いところまで牛を引きつけて交わせば、その度に歓声が上がる。ここぞとばかりに胸を張って、見せつける。

 牛も疲れと多量の流血でいよいよ頭が上がらなくなってきた。マタドールの持つ剣の切っ先が真っ直ぐ向けられている。

 この一瞬で全てが決められる。じっと牛の目を見ている闘牛士は何を想うのだろうか。命果てても目を背けなかったあの牛は彼の、闘牛士の目に何を見ているのだろうか。

 一突きで勝負が決まると、闘牛士は讃えられ、敬意の印として白いハンカチが振られる。何一つ乱すことなく、初めてこのフィールドに現れたその時のように、マタドールは優雅な振る舞いを見せる。

 腕がいいわけでも、運がいいわけでもない。気っ風がいいのだ。そう、そういうことだった。

 こうして僕は納得がいった。

 この国でフィールドに立つ者が何を求められているのか。


Hecho!: 了解!、決まり!


 



Instagram:@rikio_no_hankou
Twitter:@rikio_19






#スペイン #バレンシア #サッカー #留学 #サッカー留学 #日記 #エッセイ #コラム


 

 

スペイン1部でプロサッカー選手になることを目指してます。 応援してくださいって言うのはダサいので、文章気に入ってくれたらスキか拡散お願いします! それ以外にも、仕事の話でも遊びの話でもお待ちしてます!